【003】『Desire』

 中はがらんとしており、無駄なものがない部屋であった。正面にはデスクとその椅子、向かい合ったソファの間には大きめのローデスクがある。浅見はソファに腰かけた。

「さっきの女の子は?」

「ああ、"ミモリ"さんのことかな。いやなに、少し揉め事があってね」

 揉め事とは、そう思っていると浅見は口を開く。

「まあ、大したことではないさ。意見の相違が生じたってところかな」

 浅見の落ち着いた声によってか、いつの間にか緊張の糸は切れていた。対面のソファに座り、話を訊くことにした。

「君がここに来たということは、自身の記憶について知りたいから、そう受け取って構わないかい?」

 その問いに対し、こくりと頷いた。浅見は微笑む。

「すみません、まずは訊きたいことがあって。あの日どうして声をかけてきたんですか」

 少し間を置いた後、浅見は口を開く。

「あー、これから突拍子もない話をするけど、信じてくれるかい?」


 "夢"、叶う叶わないは別として、皆が総じて一度は抱いたことがあるもの。人々を駆り立てる輝かしい強い意志。

 だが、もしそれが歪んだ願いであったら。

「僕らはそれを『Desire』と呼称している。うらみ、辛み、ねたみ、そねみ、嫌み、ひがみ、やっかみ、そんなようなものから産声をあげた願いが具現化してしまったものが『Desire』。言わば、マンガで見るような特殊能力みたいなものさ」

 浅見は悪戯いたずらげに話を続ける。

「この国、正確にはこの地域において、数年前に初めて確認された後、徐々に反応が拡大していった。さながら、パンデミックのようにね。と言っても信じ難い話だと思う。なんたって実際に見ていないものを信じられないのが人間だからね」

 浅見の言う通り、話を聞いても全くピンときていなかった。御伽草子、夢物語、そんなものを唐突に聞かされている気分であった。

「まず、第一にそれと自分が何の関係があるんです?」

「質問に質問を返すようで誠に申し訳ないが、君は一体いつから記憶がないと思っているんだい?」

「確かそれは……」

「当ててあげよう。三年前の八月末、違うかい?」

 汗が額をなぞる。この事実は自分か、自分の周囲にいるごく一部しか知らないはずである。百歩譲って、浅見が記憶喪失のことを知っていたとしても、その詳しい日までは分からないはずだ。では、なぜそれを?

「これを見て欲しい」

 そう言って浅見はタブレットを取り出す。そこに映し出されていたのは折れ線グラフであった。グラフは始点から次第に低下し、以降はやや高めの数値を保っている。

「一番初めの発生、かつそのピークが八月三十一日。恐らく、その日に君が記憶を失った全ての因果がある」

 浅見は手を組み、こちらを見つめる。

「簡潔に問おう。君に"願い"はあるかい?」

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