【002】邂逅

 校門前で自分のクラスを確認した後、下駄箱から階段を上がり、教室に向かう。教室内では級友たちが騒いでいる。そんな中、ポケットからくしゃくしゃになった名刺を取り出し、不思議な人物に声をかけられたことを思い出していた。

「君が葉凪くんだね」

 背は自分より少し高く、白いコートに身を包んでいる中性的な風貌ふうぼうの人物。髪は長く、一つ結びされた後ろ髪は肩にかかっている。

 いかにも怪しそうな人物ではあったが、その柔らかな笑みからはこちらに悪意のようなものは向けていないように感じられた。

「ああ、ごめん。自己紹介がまだだったね、僕は『アサミ』。"浅"いに"見"るで『浅見』。これ、良かったら」

「は、はあ……」

 そう言って事務所らしきものの住所が書かれていた名刺を渡してきた。そもそもこれが本物かどうか疑っていると浅見が口を開く。

「もしかしたら、君の記憶について力になれるかもしれない」

 その言葉は自分の関心を惹きつけるには十分であった。


 ぼんやりしていたらいつの間にか帰りのHRとなり、新年度初日はあっさり終わってしまった。新入生歓迎会と称した部活勧誘会をよそに、帰路とは逆方向に向かう。

 半信半疑であったため、名刺に記載されている場所を訪れるのには少し躊躇ためらわれたが、あの新入生と出会ってから、より一層焦燥感に駆り立てられていた。その程度の理由だが、己の足を進ませるには十分すぎるものであった。

 雨の中、廃れた商店街を進んで行く。住所に記載されていた場所は古びたビルの一室のようだ。

 ここまで来たら引き返せない、そう思い、興味本位で階段を上る。ビルにはその事務所以外には何も営業していないように思える。ドアの前に立ったがインターホンが見当たらず、ノックすればいいのかと悩んでいると――

「はあ!? 何よそれ! 最初から私だけで充分って言ったじゃない!」

 怒号が鳴り響く。本能的に嫌な予感を感じ、瞬時にドアの前から身を引く。

 瞬きしたその刹那、甲高い金属音とともにドアは崩壊した。床に落ちた板チョコのようにドアの破片が目の前に散らばる。その上に立つのは自分と同じくらいの年齢と思われる少女の姿である。

 なびく漆黒しっこくの髪、少し釣り目がちで凛とした顔立ち。一見華奢きゃしゃに見えるが、無骨な日本刀によってその少女らしさはき消されていた。

「……申し訳ないのだけれど、そこに立たれていると邪魔なの。それともここに何か用?」

「あ、すいません。浅見という方を探しているのですが……」

 その言葉に反応し、彼女の眉がピクリと動く。

「そう、ならこの中にいるわよ。私は行く場所があるからどいてもらえない?」

 圧倒されながらも、慌てて道を譲ると彼女はこちらを一瞥いちべつし、傘もささずに歩いて行ってしまった。一体なんだったんだと思ったのも束の間。

「やあ、来てくれたんだね。ようこそ、僕の事務所へ」

 浅見はそう言いつつ、ドアを見てため息を漏らしていた。

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