[六日目 11時33分・ゲーム内]

戦闘は終了した。


もちろん、結果は圭太郎君の敗北――より正確な表現をすると、大惨敗とか完封負けとか表されるものであった。


文字通り、手も足も出ずに負けた少年はゲームの中でも死亡した。


そして。


ゲームの世界であるがゆえに、あっさりと生き返った。


ちなみに生き返った場所は、宮内詩乃が飛ばされたのと同じ、迷宮の最奥部。そういえば、脱出イベントを――迷宮の攻略をしなければ再戦できないという仕様だったな、と思い出す。


「どうしますか?」


イルヴァと共に転移してきた案内役のリズが起伏のないいつもの声で尋ねてきた。


「『一発殴る』という目標は全く達成できていませんが、ここで前言を撤回し、素直にログアウトするのも一つの選択かと」


「うーん」


圭太郎は座ったまま腕を組んだ。


想像以上に『破竜グリド』は強かった。目的は一発入れることだし、そのくらいなら、まあいけるだろ、という油断があったのは確かにあった。あったのだが、それを差し引いてもかなりの強さである。


正直、ゲームバランスというものを考えているのかと、開発者さんの胸倉をつかんでお話しをしたくなるレベル。


「あたしはこのまま帰った方がいいと思うよ」


イルヴァが慰めるように常識的な提案をしてきてくれた。うーん、と圭太郎君は天井を見上げた。


あの竜に一撃入れるということすら至難のわざであることがわかった。目的をかなえるためには、幾度も挑み、パターンを分析し、それに応じた武装とスキルを整え、という攻略が必要となる。


時間が有り余っているのならともかく、いまの自分は、現実世界で意識不明の状態だと思われる。このままずるずると時間をかければ、心配をかけ続けるだろうし、お医者さんとかにも迷惑をかけ続けることになるだろう。


「目標は未達成。でも、帰る、か。そういう選択肢も……あれ?」


スキル一覧を呼び出す。


が、『ログアウト』は使用不可となっていた。ん? と首を傾げていると、なぜか同じようにリズが表情を変えぬまま首を傾げた。


「どうしたの?」


「システムが更新されました」


「どんなふうに?」


「まず、圭太郎のログアウトは、現在不可能となっているそうです。スキルを使っても、『破竜グリド』の討伐に成功しても、です」


「メンテナンスかな?」


「理由は不明です。お詫びとして、現実世界との通信が可能となるそうです。ゲームに登録されていない人でも、通信端末を持っていれば連絡は取れるそうです」


通信かぁ、と圭太郎はのんきに腕を組んだ。


「なにか問題でも?」


「……向こうの世界では、僕はたぶん意識不明のままになっていてでしょ。みんな心配していると思うんだよね。うちの親とか、じいちゃん、ばあちゃんとか、学校の先生とか、友達とか、病院の人とか。それなのに、無謀な挑戦で目覚めるのが遅れることになって……叱られるのはいやだし、ここは嘘でもついてごまかして……うーん」


まさか自分の現状が全世界に配信されているとは思ってもいない少年は、さんざん悩んだあげく、一つの結論にたどり着いた。


「うん、とりあえず連絡をしよう。まず心配をかけ続けていることについて謝る。それで許してもらえなかったら……」


通信画面を呼び出すと高橋圭太郎君は、さわやかに笑った。


「土下座をし続ければどうにかなるよね」


かくして。


おそろしく軽い気持ちで、圭太郎君は両親に連絡を入れた。


のんきな高校生が処理しきれない現実が待ち構えていることを知らないままに。


 ・


親子の会話は、長く、互いを気遣う思いやりにあふれたものであった。


それよりも重要であったのは、長い会話の末に、一つの結論が得られたことである。


高橋圭太郎の肉体は確かに死んだ。

だが、彼の意識は生きている。


肉体を失ってもなお彼は生きている。


世界は熱狂に包まれた。

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