[六日目 11時05分・現実世界]

名目上は対策本部の分室扱いである藤川議員たち三人は険しい顔でモニターを見つめていた。


死亡者一名。


それが今回の事件の結末である。もちろん、三人が未生還となる可能性もあったわけだから最悪ではないと考えることもできるのだろうが、衝撃は大きかった。


各ディスプレイの情報は、秒単位で更新されていく。


議員と官僚は、少なくとも表面上は冷静であった。


強く、壊れるのではないかと思うほどに拳を握り、そして静かに息を吐いただけで感情の爆発を終わらせる。


藤川は各方面への連絡をとり始めた。峰岸秘書はネットによる情報収集を行い、梶原は入ってくる情報の分析をしつつ、ディスプレイを見続ける。


ネット・テレビ・ラジオなど全ての速報性メディアをつかった世界同時配信の緊急発表が始まった。


官房長官が一礼し、最後の意識不明者であった高橋圭太郎の死亡が確認されたことを伝えた。集まったメディアに、事前に情報を供与する余裕もなかったのだろう。どよめきがおこる。


『現在、お伝えすることができるのは以上です。詳細につきましては、現在情報が錯綜しているため、ここで述べるのは控えさせていただきます。わかり次第、改めて発表いたします』


質問を受け付けることなく、緊急会見は終了した。


様々なところへ連絡をとっていた藤川議員も通話を終え、つかれた顔でソファーに座り込んだ


峰岸がお茶を入れる。礼を言って受け取るが、それ以上の会話はない。


ディスプレイには、SNSを中心とした人々の反応が次々と表示されていく。一人死亡となったことへの嘆き。『運営』への怒り。そして――


「誰もが、考えますよね」


峰岸秘書が整った唇を開く。


「高橋圭太郎は死亡した。では、いま配信中のこのゲームの中にいるのはいった誰なのか、いったい何なのか、と」


秘書の言葉に、藤川議員は脚を組んだ。横にいる幼馴染声を掛ける。


「……ロウちゃんは魂の存在って信じる?」


「俺たちの意識は、脳の電気信号によるものだ。それがいままでの科学が必死で導き出した結論であり、それは無数の証拠によって支えられている。もし、魂などというのが存在するのならば――」


「科学は飛躍的な進歩を強いられるでしょうね」


峰岸が窓の外に目をやった。


「神話の時代から語られながらも、存在するなど思われていなかったものが姿を現しました。現在の科学ではその影すら見つけることができなかったものが存在するのであれば、我々人類はそれに向かって手を伸ばすでしょう。これまで積み上げてきた、全てを足掛かりとして」


「壮大な話だな」


藤川は脚を組みなおした。


「我ら人類の未来はどのようなものになるのか――可能ならばそこに想いを馳せたいところだが、いま俺たちがするべきことは、目の前の仕事だね。新たな命令は下されていない。となれば、いままでと同じことをし続けるだけだよ」


「同じこと?」


官僚の言葉に、議員はいつもと同じ表情を浮かべた。


「運営の正体をつきとめること。そしてなによりも、意識不明者の最後の一人である高橋圭太郎君の帰還だ」


しかし高橋君は、と言いかけた秘書に、藤川は笑ってみせた。


「『運営』は、俺たちに『敵ではない』と断言した。そして生命というものについてあらたな定義を見せた。ならば、せっかく示してくれたその定義に従って行動するべきだろう」


藤川議員は、静かに唇を開いた。


「――彼は生きている」


完了と秘書の目が配信に向かった。



配信の中では、迷宮エレベーターから降りた圭太郎が映されている。そのまま出口へと向かう。


『あ、移動スキルが仕えるようになっているね。リズさん。「破竜グリド」の現在座標はわかる?』


『はい』


『えーと、これで、目的座標のセット完了、とそれじゃあ一発殴りにいこうか!』


この上もなく能天気な声と共に、圭太郎の姿が消えた。夜の雪原を映していたカメラも移動する。


転移した先は、なだらかな起伏のある草原であった。


そこには巨大な竜がいた。


肉体的には既に死んでいるはずの少年は武器を構えた。



世界中の人たちが、これまでとは違う意味で見守る中、戦闘が始まった。

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