[六日目 07時31分・現実世界]
「大胆な仮説ですね」
親友の秘書の言葉に、官僚は苦笑した。
「穴だらけ、というか穴しかないものだからな。仮説というのもおこがましい、ただの戯言だよ」
「ですが、先生はそれを進めるように、とおっしゃられました。その説はどのように進展するのですか?」
そうだな、と官僚はソファーに深々と身体を沈めた。
「『運営』は、ヒトがこの事件にどのような反応を見せるかを知るために、配信を行っている。もし『運営』がヒトの心を本当に読むことができるのであれば、アンケートを行うことにより、ヒトの行動と内面の両方を知ることができる」
「内心と行動が一致しない人類について知るには良い方法ですね。とはいえ……」
「ああ、反論はいくらでも考えつく」
官僚はあくびをした。
「たとえば例の少年の秘めたる恋だが、二人が気付かないだけで、何らかの形で漏れている可能性はある」
「そうですね」
「それに、もし本当に『運営』が心を読むことができたとして、それは問題の解決には一切寄与しない」
秘書は新しいお茶を淹れた。ついでに栗まんじゅうを添えて官僚に出す。
出したところで、不意に一つの疑問に思い当たる。
「あの、なぜ『運営』は配信を行ったのでしょうか?」
「俺たちの仮説によるならば、ヒトの行動を観察するための実験の一環、となるな」
「はい。しかし、観察でありヒトの理解のためであるなら、わざわざこんな事件を起こす必要があるでしょうか? 心まで読み取る技術があるのであれば、ネットを通じて観察を続ければよいのでは? 事件にしても、もっと別の――少なくとも、自らとは無関係であるように装った方が、より良い情報を入手できるように思えます」
「……そうだな。行動観察として考えるならば、観察者が自身の姿を実験対象に表すというのは、あまり褒められた手法ではないな」
部屋に沈黙が落ちる。
重苦しい、というよりも、張り詰めた空気の中で、向かい合った二人はそれぞれの頭の中で思考を重ねる。
そして視線が合う。
秘書の瞳を見て、官僚が譲るように右手を差し出した。峰岸が整った口を開く
「――『運営』は、配信越しでしか心を読むことができない」
「そうだ。その可能性が高い。『運営』はヒトの心を読みたかった。だが、それは特定のサイトを――あの配信を通じてのみ可能であった。だからこそ、事件を起こし、耳目を集めた」
二人は同時にうなずいた。
見つめ合い、そして笑い合う。
「あまりにも粗い推論ですね」
「ああ。穴だらけだ。それで、だ。それを進めるとどうなる?」
「わからないのはアンケートについてですね」
秘書が首をかしげた。
「人の心を読み取るのがこの配信をとおしてのみ可能だというのであれば、視聴者の反応を導き出すことのできるアンケートは非常に重要なものとなります。ですが……」
「その数は多いものの、内容は重要性に乏しいと思えるものが大半を占める」
「はい。もっともこれは我々の観点によるもので、『運営』にとっては意味のあるものなかもしれませんが……」
思考を整理しながら、と梶原はぬるいお茶に口を付けた。湿らせた唇を静かに開く。
「――『運営』は最後になにか一つアンケートを取る可能性が高い。俺たちを理解するための最終的な何かをな。それは驚くようなものであるかもしれないし、逆に俺たちの視点ではどうでもいいことかもしれない。だが、必ずアンケートを行う」
「高橋圭太郎君の冒険の展開を急いでいるのは、向こうも早くそれを知りたいから――でしょうかね?」
「そうであって欲しいな」
官僚は残ったお茶を飲み干した。
「もしそうであるならば、思考という面において『運営』は俺たちと絶対的な隔たりのあるものではなく、近似のものを持つ相手ということになるからな」
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