[五日目 18時55分・現実世界]
なにやらラブコメの一場面めいたのんきな会話ではあったが、現在、圭太郎君は片言隻句すらも世界に向けて全編公開中の身である。
配信を娯楽としてみている人たちは「あれ、もしかして琴音ちゃんて? おやおや? これはおもしろくなってきたでござるよ」という感じで済んでいたのだが、問題は各国情報機関の方々である。
こんな、本当にどうしようもない会話ですら分析の対象となり、圭太郎君と琴音ちゃんのこれまでの会話を過去の記録から抽出して分析し、さらにその筋の有識者から知見を得るという仰々しくもばからしい作業を行っていた。
一方、分室という形で本部から切り離された藤川議員以下三名は情報の踊る大型ディスプレイとホワイトボードを横に置き、もう何周したかもわからない堂々巡りの検討を行っていた。
「あちらさんの言葉をそのまま信じるのもどうかと思うが、他に手掛かりもないからね。『運営』は敵ではない。この前提で考えるよ。そしてもう一つ考えるべきは、なぜこの情報をいまさらになって全方向に発信したかだ」
「敵ではないという言葉があっても、それを補強するための材料はなにもない」
藤川議員の言葉を引き取ると、官僚の梶原は一番若い議員秘書へと視線を向けた。峰岸がそれを引き取る。
「敵対を否定しながらも、三名の少年少女を意識不明の状態にさせ――向こうの言うところによれば意識をゲーム中に閉じ込め、そして解放することなくその様子を我々に向けて配信しています」
そうだね、と議員はうなずいた。
「俺たちからすると、子供たちを意識不明にさせられ、通信ジャックされ、その対応に追われているからどうしても、『運営』に対しては疑いを捨てることなどできない状態だ。その一方で、運営は『自分たちは敵ではない』と……おそらく世界に向けて宣言しながらも方針を変えようとはしていない。この辺り、うまく説明できないかな、峰岸ちゃん」
少し考えた後、秘書は口を開いた。
「考え方なのですが……視点を第三者のものに置いてみるのはいかがでしょうか? 当事者である我々でもなければ、相手方である運営でもなく、それらを俯瞰するように本件を見た場合は――」
「実験、だな」
幼馴染の官僚の言葉に、藤川議員は眉を寄せた。
「どういうこと?」
「運営は事態を引きおこし、我々は――全世界の人類が、それに対応している。敵対者ではない。かといって味方でもない。同時に、我々にとっては不利益の出る形で、『運営』は関わってきている。『運営』が欲しいのは、我々の反応を収集することではないのか――という考え方だ」
「面白いね。でも、『運営』はこちらよりはるかに優れた技術を持っているよ。例えば……」
そうだね、運営を宇宙人だと仮定しよう、と藤川議員はカップを口につけた。
「宇宙人が地球という星を見つけて、そこでそれなりに進化したヒトという生き物を見つけた。この生き物に情報が欲しい。うん、ここまではいいよ。でも、運営は少なくとも、我々の言語を理解している。そして同時に情報の宝庫であるネットも掌握することができる。相手の言語体系を理解し、データベースものぞき放題な相手が、どうしてこんな形で接触する必要があるのかな?」
「ですから、梶原さんは『実験』という言葉を選ばれたのだと思います」
峰岸秘書が唇の前で、手を合わせた。
「先生がいまおっしゃられたことは『観察』です。梶原さんの考えによれば、既にその観察の段階は過ぎていると思われます。観察の段階を経て、いま運営は実験を行っているのではないでしょうか」
あー、なるほど、そういうことか、と藤川議員は行儀悪く頭をかいた。
「『これをおこなったら、どのような反応を得ることができるのか』というやつか。なるほどね、その意味では、確かに実験だ」
あまり良い心持はしないね、と政治家はつぶやいた。
「とはいえ、これもまた根拠も何もない推論の一つだ。別の考え方もできるぞ」
「どんな?」
「これから考える」
官僚の言葉に、部屋に笑いがこぼれた。
「まあいいさ。とりあえずその実験説にもとづいて進めてみよう。いま『運営』がおこなっているのは、配信だ。その反応はさまざまな媒体で起きている。ネット限定でも十分な情報が収集できているということになるな。そして、その情報収集が目的ならば……」
「『運営』は視聴をつづけさせる必要がある。それも可能な限り多くの人間に――全世界に向けて敵対する存在ではないと宣言する理由にはなるな……ちょっと待ってくれ」
官僚は端末でどこかに連絡をいれた。短い言葉を交わし合い、最後に礼を言って通話を切る。
「ごく少数の国だが、国民をあらゆる通信機器から遮断させることを実行に移そうとしているそうだ」
「……できるの、そんなこと?」
「できないと思うのなら、お前は世界の現状について無知であるということだな」
官僚の言葉に顔をしかめる藤川を見ながら、美麗な秘書が唇を開いた。
「話をもどしましょう。『運営』はこの配信を多くの人に見せたいものであるとする。では、なにを見せるのでしょうか? いまのまま進めば、ゲームに閉じ込められた三人が意識を回復することはほぼ間違いないないでしょう。高橋圭太郎を主人公とする冒険は駆け足でエンディングへと向かっています。つまりこれは――」
「まだに『運営』は目的を達しっていない、ということかもしれないな」
官僚の横で政治家はカップに残っていたお茶を飲み干した。そのまま天井を見つめる。
「……運営の目的は実験である。目的は達成されていない。『運営』は配信を続けている。実験がおわっていない。実験の終わりが、配信の終わりとなる。配信の終わりが、三名の意識回復になる。俺たちに対抗手段はない。」
部屋にしばらくの沈黙を落としたのち、藤川は寄せた。
「ねえ、ロウちゃん。いまの状況だと、俺たちに打てる手はない。このまま座して配信の結末を見届けるしかない、という結論が出てしまうような気がするんだけれども」
「それが一番に思いつく答えだな。」
「俺宛のメッセージにあった、後半の言葉についてどう思う?」
秘書が端末に目を落とした。藤川議員から転送されたメッセージのうち、該当する部分を読み上げる。
「『あなたがたが考え続けることを放棄しなければ、我々はいつか同じ未来を共有できる』ですか――これは配信の終了後に向けた言葉なのではないでしょうか」
「だよねえ」
藤川は片頬をふくらませた。
「お釈迦様の手のひらの上、ていうのはこういう感じなのかね。なにをしても相手の想定内に収まってしまう」
「ならば、ここで諦めるか? 俺たちがなにもしなくとも事態は推移し、そしておそらくは解決する。あとは予定外の休暇だと思って傍観者としてただ入ってくる情報を眺めつづけるというのも選択肢の一つだぞ」
まさか、と答えると、政治家は唇の端を無理やり上げた。瞳の形を意図的に力強いものへと変える。明るい声を出す。
「どんな状況でも俺たちの仕事に変わりはない。三名全員の無事帰還に向け、動き続けるぞ」
わかった、と官僚は答えた。
秘書は無言で一礼した。
結論からいうと、彼らの働きはこの後に発生する事態に対して、何らの影響を与えることはなかった。三名全員の無事帰還という目標もまた果たされないままこの事件は結末を迎える。
しかし。
動き続けるという行為を放棄しなかったことは、運営に近づくための小さすぎる一歩を得ることになる。
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