[五日目 16時40分・ゲーム内]

そりは雪上を行く。


などと書くと、ものすごく雰囲気があるのだが、実際のところは変わらぬ景色の中、家を乗せたソリがただひたすら進んでいるだけである。


現在のところ、行く手を阻むモンスターも登場せず、地面が割れていたりするようなイベントも発生していない。


これで中が緊張感に包まれていればまだよかったのだが、残念ながらコタツというのは人を堕落させる効果しかもっていない。


現実世界で偉い人たちが右往左往しているにもかかわらず、圭太郎くんは、二人のNPCと共にのんびりお茶をのんでいた。


もう一人のプレイヤーである琴音ちゃんはなにをしているのかというと、別室ですやすやと横になっている。


「一人で緊張しっぱなしだったものね」


狼系女子のイルヴァさんが天井を見上げた。


「そりゃ疲れるよ」


「イルヴァは、この夜と雪の国の出身なんだよね? この辺りに仲間とかいないの?」


「ううん。いないよ。狼はあたしだけ。基本的に一種族一人な感じだからね」


「そうなんだ」


生物学的に考えれば、それで種族が維持できるのか、となるところだが、ここはゲーム世界。その辺りは突っ込んでも仕方がないのだろう。


「いやー、でも本当になにも出てこないね。せっかくここに来たんだから、ケー君にはいろいろなモンスターと戦って欲しかったのに。そして相手が人間形態になった途端に攻撃できないで、あたふたしてほしかったのにぃ」


「……もしかして、あの訓練場で戦闘を途中棄権したことを怒っています?」


「怒ってないわよ。ただそれ相応の報いを受けて欲しいだけ」


イルヴァはにっこりとわらった。


裏などなさそうなにっこり笑顔のため、逆にものすごい怒りを秘めているのではないかと疑ってしまう。


「そうはいっても、わたしたちが移動しているのはこの大型の雪上船です」


こたつに上半身まで突っ込み、完全に案内役としての職務を放棄しているリズが口を開いた。


「この夜と雪の国には、これだけの大きさのものに挑んでくるようなモンスターがいるのですか?」


「あたしが知っている範囲ではいないなぁ」


「そうですか。では、目的地までは無事にいけそうですね」


本当に展開が早いよね、と圭太郎がつぶやいた。


イルヴァによる特訓が無駄になってしまったのは申し訳ないが、このまますんなりと自分たちと宮内が合流すれば、あとはスキルを使用して脱出完了となる。


お約束の展開ならば、その前になにかしら盛り上げるための面倒なイベントがあるところなのだが、そういうものが起きる気配が全く感じられない。


なんというのだろう。もうやることはやったから、はい、あとはもうエンディングね、さっさとゴールして、みたいなものを感じてしまう。


「目的地について、潜って、合流したら二人ともお別れだね」


だね、と応じながら狼系女子は大きく伸びをした。


「ねえねえ、ケー君はこれから合流する女の子のことが好きなんだよね?」


「……はい」


「その子が別の人を好きでも?」


「はい」


「ずっと好きでい続けるの?」


「わからないなぁ」


思わず天井を見上げる。


「周りの大人や、マンガとかアニメを見る限り、気持ちって移り変わるものみたいだからね。でも僕は……少なくともいまの僕は、他の誰かを好きになる自分を想像できないよ」


そっかぁ、とイルヴァも天井を見上げた。

そして、やさしく、意地悪く笑う。


「うん、断言する。そういうことを言うケー君は、必ず他の誰かを好きになるよ」


だからね、とイルヴァは笑みを浮かべた。


「現実世界に戻ったら、さっさと失恋して次の恋を見つけるべきだよ。まあ、ゲームのNPCのあたしが言っても説得力はないけれどもね」


たしかに説得力ないね、と圭太郎は苦笑した。


「でも、ありがとう……失恋かぁ。乗り越えられる自信が全然ないんだけれども」


「経験なくして自信なし。どうにかなるよ、たぶん。そして、その次は新しい恋。うんうん、青春だね」


「新しい恋、ね。僕にそんな相手が現れるかなぁ」


「琴音ちゃんなんかどう?」


「……イルヴァ、人間で知っているのが琴音ちゃんしかいないから、その名前を出したでしょ」


ばれたかぁ、とイルヴァはわらった。

そして不意にお姉さんめいた表情を作る。


「もうちょっと大人になった方がいいね、ケー君は」

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