[五日目 12時12分・現実世界]

本部長である竹内の動きは早かった。藤川議員からの報告を受けると同時に官邸に連絡を入れた。確認されている限り、初めての運営からの返信である。


その重要性から官房長官と総理を相手に五分で話をまとめると、すぐに情報の共有作業に手を付けた。


そして手を止める。


官邸に訂正の連絡を入れる。


竹内本部長は藤川議員に連絡をとった。いつものようにどこか笑いを帯びた議員の姿がディスプレイに映る。一つ息を吐く。


「貴重な報告に感謝する。そして、続いて説教をする。重要性を強調するのはかまわないが、あの言葉は読む者を意固地にする可能性がある。よほどの信頼関係がなければ、使わないことだ」


『ご忠告ありがとうございます。竹内先生とはその信頼関係があると思ったので、あの言葉を使いました。伝わったようでなによりです』


唇の端を軽く緩めただけで、竹内は疑問を口にした。


「君はあの情報を共有するように申し立てた。だが、『他国の担当機関』という限定条件をつけたのはなぜだ。広い知見を求めるのであれば、全世界に公表するべきではないのか?」


あー、それですか、と年に合わぬ仕草で、藤川は頬をかいた。


『まず、我々は、「運営」を人類ではなく、我々を超越したなにかであると考えています。実際、その技術力は我々のレベルを超越していますので』


そして、と話を続ける。


『現在、確認できる「運営」の行動は多くの人に配信を見せることです。そのためにショッキングな事態を起こし、それを周知し、そして興味のある事態を起こし続けている――現在のところ、我々はそう考えています』


竹内は手元の資料に目を落とした。仮説の一つとして、本部や他の機関でも同様の分析は出ている。


『問題はこの先です。「運営」はなにを見せようとしているのか。相手は映像を通して意識不明者を発生させ、そして――その言い分を信じるのならば、魂をゲーム世界に閉じ込めることのできる存在です。本人は敵ではないといっていますが、文化の違いによる認識のずれは、善意をたやすく悲劇に変えます。その先に待っているものが人類にとっての災害となる可能性も捨てきれません』


ふむ、と竹内は顎をなでた。


「確かにその可能性も『捨てきれない』な。つまり、君はそうではない可能性の方が高い――そう考えているのかな?」


ええ、まあ、と映像の中で藤科議員は頭をかいた。


『相手はあらゆる映像のジャックが可能です。たとえばその目的がなんらかの悪意をもって設けられたもの……そうですね、映像を通じて、全人類の意識をゲーム世界に閉じ込めることだとしましょう。しかしそうであるならば、こんな手間をとる必要はありません。ほとんどの人は画面を見ない生活などしていないのですから』


「だが君は、結果として悪意のある行為となる可能性を考慮している」


『悲劇というのは、想定の範囲外から襲ってくるものですからね――』


藤川議員は小さく息を吐いた。


『繰り返しになりますが、常識や価値観というものは、人類の間ですら共有できません。当然、「運営」とも齟齬がある可能性は存在します。善意をもって見せる何かが、我々にとって幸福なものではない。その可能性は捨てきれません。対策のしようもありませんが、それでもその危険性を私は考えています』


藤川が静かな瞳とともに、わずかに息を吐いた。


『――これが杞憂であることを願いながら』


「その杞憂を晴らす材料になるか否かは不明だが、こちらからも最新の情報を伝えよう。君が送ってきてくれた文面とほぼ同じようなものが各所に届けられていることが確認された」


『その文面が届いた時刻は?』


「確認されている限りでは同時だと判断できる」


『なるほど。つまり自分の情報は特異なものではなく数多くある報告の一つである、ということですね』


「ああ。だが、もちろんそれは君の報告の重要性を毀損するものではないぞ」


『お気遣いありがとうございます――わたしが気にしているのは、この時点で「運営」が対話……というか、意図を感じさせる情報を出してきたということです』


「話し合いが通じる相手である可能性が高まったと思うかね?」


『そうである、と思いたいところですが、現時点ではなんとも言えませんね』


「同感だ。引き続きよろしく頼む」


『――はい』

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