[五日目 11時17分・ゲーム内]

自分たちの行動が世界的規模で配信されていることなど知る由もない宮内琴音は、こたつの上の湯呑を取ると、小さく口を付けた。


ほっと息をもらす。


「おまたせー。お風呂、気持ちよかったよ」


風呂上りの湯気をまとわせ、狼系女子のイルヴァさんが、ビール的な飲料の入ったジョッキを手に部屋に入ってきた。


そのままぐびびっとあおると、イルヴァはこたつに足を入れる。ほわぁ、と幸せそうな息をこぼしながら、残ったビールをちびちび飲む。


琴音はもう一度お茶に口をつけた。その横では圭太郎がみかんを剥いている。案内役のリズは小さな身体をすっぽりとこたつのなかに収めて、こたつむり状態。


いや、お前ら、宮内詩乃さんを助けに行くんだろう。くつろいでいる場合か、と思うかもしれないが、くつろいでいる場合なのである。


より正確に言うと、くつろぐより他にない状態であったりする。


琴音が日本茶を飲みながらため息をついた。


「街に入ったら港に案内されて、港についたらすぐに船に乗れて、船はすぐに『夜と雪の国』に着いて、ついた先の街では、既に移動手段が用意してあって、その中にはお風呂がって、こたつがあって……手回しが良すぎないですかね。これ、もしかしたら迷宮には、お姉ちゃんのところまでの直通エレベーターがあるかもしれませんよ」


「なんだか、打ち切りマンガの終盤みたいだね」


圭太郎が二つ目のみかんに手を伸ばす。


「中途半端な打ち切りエンドにならなければいいんだけれども」


「現実世界に戻れるのなら、中途半端な打ち切りエンドでかまわないですよ、わたしは」


四人がいるのは大きな雪上船だった。船にそりをつけたような格好で、どのくらい大きいかというと、中には居間があって、お風呂があって、寝室も複数あって、ほかにもいろいろな設備があって――簡単にいえば、広い家といったところ。


現実世界ならば、この大きさのものは、重さの関係でうまく動かなかったり、動いたとしても地面の凹凸で酔うような乗り心地になったりするのだろうが、そこはゲーム世界の乗り物。


中はものすごく快適。あまりに快適すぎて、自分たちがこれから迷宮にいる姉を探しに行くのだという緊張感がなかなか維持できない。


琴音は窓の外に目をやった。窓の向こうの景色が軽快に流れていく。


窓の外には永遠の夜と、ひたすら降り続ける雪を強風がかき回すという苛烈な世界が広がっているのだが、その凄まじさはまったく伝わってこない。


こたつに入りながら見ていると「よう雪が降るなぁ、飽きんのかなぁ」というのんきな感想しか出てこない。


いかんいかん。もっとシリアスにならねば。


「リズ、お姉ちゃんの位置は変わらない?」


「階数が移動しました」


こたつから顔だけを出し、いつもの声で案内役が返事をする。


「現在、八十四階です」


「お姉ちゃんと、行き違いになるのが怖いですね……リズ、迷宮に入ったら、お姉ちゃんの位置に注意してね」


「はい、わかりました」


起伏のない口調で返事をすると、リズは再びこたつにもぐった。琴音は向かいでジョッキに口をつける女の子に目を向けた。


「イルヴァさんは、その迷宮に入ったことはありますか?」


「ないんだよね、これが」


狼系女子は首を横に振った。アルコールでうっすらと染まった頬が、同性の目から見てもなんとも艶っぽい。


「でも大丈夫でしょ。こっちにはケー君がいるし」


それはそうですが、と琴音は横にいる少年に目を向けた。実力は間違いないと思うのだが、ここまでの言動を総合的に見る限り、肝心なところでミスをするのではないかという不安が消せない。


やっぱり、わたしがしっかりしないと。


「あ、そうだ、リズさん」


圭太郎がのんびりとした口調で尋ねた。


「『破竜グリド』はいまどこにいるの?」


「位置は変わっていません。『大草原ソラクサ』のど真ん中です」


「位置は変わらず。遭遇する可能性はまずない……でも、三人そろったところで転移して襲い掛かってくるとかは……」


そこまでつぶやいてから、あわてて口調を明るいものに変える。


「そんな意地悪な仕様にするなら、もっと旅路を面倒なものにしているよね。さっさと合流して、さっさと帰る。よし、みんながんばろう」


おー、とこたつでぬくぬく状態のイルヴァが、のんびりとこぶしを上げた。がんばりましょー、と棒読み口調でリズが続く。


やっぱりわたしがちゃんとしないと。


一人、まじめな顔で、琴音は窓の外に目を向けた。


変わることのない永遠の夜が、どこまでも広がっていた。

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