[五日目 09時32分・ゲーム内]

「『――人の価値というものは、他者の買い物に付き合う時間に比例する』」


案内役のリズは静かな声でそう語ると、横にいる少年に視線を向けた。


「という名言をいま思いついたのですが、いかがでしょうか?」


「真実をつく言葉は認めたくないなぁ」


圭太郎は店の看板を見上げた。狼系女子のイルヴァの服を買いに来たのが一時間ほど前。


その後、大人向け路線の服を選ぶイルヴァと、それを阻止しようという中学生の戦いが勃発した。戦いは熾烈を極め、服にさしたる興味がない圭太郎とリズが退店した後も続いている。


現実世界であれば、持ち運びの手間や、お金の問題などで、買うものに制限か掛かるのだろうが、ここはゲーム内で、しかも圭太郎君のゲーム内マネーは余りまくっている。


かくして補給の尽きない戦線は拡大し、服選びの終わりは一向に見えてこない。


「それにしても、どれだけ服の種類があるんだろうね」


アイテムボックスに目を落とす。


「もう百着を超えているよ」


「門が開く時間までにはまだ余裕はあります。問題はそれまでに終わるかですね」


終わってほしいね、と圭太郎くんは看板を見上げた。自分の方も買い物があれば時間をつぶせるのだろうが、必要と思われるアイテムはすべて揃っている。


結局、二百着以上の服を買った狼系女子と中学生の二人は、手をつないで店を出てきた。どうも、共に死線を潜り抜けた戦友的な友情が芽生えたらしい。


「なにをしているのですか、先輩。早く行きますよ」


「……………………はい」


店の中で動き回っていたはずなのに、やたらと元気な二人に数歩遅れて、圭太郎は足を進めた。ほどなく門に着く。


予定通り門が開いた。都市から出たところで、支給された移動アイテムを使う。


景色が一瞬で切り替わった。


あまりに一瞬であったため、自分たちが移動したという気がどうも起きない。


周りを何度も見まわして、移動をおこなったという事実に感覚を合わせる。


四人の転送先された場所は丘の中腹だった。街道と思しき道がすぐそばにある。そこまで移動し、リズの案内で丘を登っていく。すぐに丘の頂上に到着した。


景色が開ける。


そして。


「『港町コルズ』です」


丘から見下ろした先に港があった。そう遠くはない。半時間もかからずに到着するだろう。その向こうには当然海が広がっている。


「その先が『夜と雪の国』です」


リズが指さした先。海と空が接するそこには厚い灰色の雲がかかっていた。青い海と空が織りなす風景の中、そこだけが不機嫌な画家が油彩で描き殴ったような色に覆われている。


名前の通りの国みたいだね、と言いながら、圭太郎は銃を取り出した。


夜と雪だけの国だからね、とイルヴァの腕に爪剣が装着される。


「え……」


とまどう中学生の前で、圭太郎は銃を構えた。一瞬の静寂の後、静かに引き金を引く。銃弾はなにもない丘の一角へ吸い込まれた――ように見えた。


次の瞬間、その丘の一部が隆起した。岩を乱雑に彫り上げたような形態の竜が、号叫と共に巨大な身体を起こす。


「岩石竜……ですか」


「うん。いまお高い麻痺弾を撃ち込んだから、しばらくは大丈夫だよ。それよりも……」


圭太郎の銃口が別の方向を向いた。どこからか現れた牙イノシシの群れがこちらに向かって突進してくる。


「琴音ちゃん、追尾弾のスキルの取得は終わっているよね。実践で試してみようか」


「ちゃん付けはやめてください!」


琴音は慌てて銃を構えた。


隣にイルヴァとリズが来てくれた。寄り添うだけだが、安心感が身体を落ち着けてくれる。


手順を口の中で繰り返しながら初めての実戦に挑む琴音の肩に、圭太郎の手が掛かった。周囲への警戒を行いながらも、優しく言葉を掛ける。


「外しても僕たちが仕留めるから、安心して」


「……外しませんから。絶対に」


唇を尖らせ、琴音はスコープに目を近づけた。牙イノシシは六頭。先頭を走る一匹に狙いをつける。


スキルはセットした。あとは引くだけ。


まことにもって認めたくないことだが、肩にある手の感触がありがたかった。少し首を傾けると、少年の手に頬が当たった。


少女は引き金を引いた。


二分後。


「その……まあ、いいんじゃないかな。初めてにしては十分すぎるよ。スキルのセット忘れは慣れることで回避できるからね。あとは経験、経験」


圭太郎の言葉を聞きながら、六頭中二頭を倒した中学生は銃に身体を預けるようにして両膝をついていた。


初めての実戦による緊張が息を荒くさせている。


少女の撃ち漏らしを簡単に片づけ終えた圭太郎は、武器を銃から細身の剣に切り替えた。まもなく岩石竜に撃ち込んだ麻酔弾の効果が切れる。


琴音を守る位置に立っている狼系少女が声をかけてきた。


「手助けはいる?」


「んー、とりあえずイルヴァは琴音ちゃんのそばにいてあげて……リズさんも下がっていてくれるかな?」


わたしもですか、と案内役の少女が首を傾げる。


「わたしはモンスターの攻撃対象には含まれませんが」


「まあ、そうなのかもしれないけれども、なんというか、こう、僕の気持ち的な問題でね」


行動能力を回復しつつある岩石竜に近づく。


やはり大きい。ゲーム内では飽きるほど戦った相手だが、実際のスケールで相対するとなると恐怖感を覚える。


覚える、が。


「……この先、どんな相手とやりあうか、わからないからなぁ」


慣れた相手だからこそ試せることがある。相性が最悪である細剣。画面越しならばこれでも倒すことができたが、はたして相手の巨大さと質量を体感した状態でも、これで戦い抜けるか。


麻痺効果が切れた。


岩竜が雄叫びを上げる。巨大な体躯で圧し潰すかのように襲い掛かってきた。空気が暴力的に動く。耳に咆哮がこだまする。視界がその身体で覆われる。


少年は地を蹴って正面から迎え撃った。座り込んだ少女が息を飲む。


少年と竜は交錯した。


先手は圭太郎が取った。周囲からは見えなかったが、岩石竜の初撃をかわした圭太郎が内側に潜り込む。


首元を細剣で切りつけた。巨体が揺れる。その場所にとどまらず、圭太郎は意図的に相手の攻撃範囲に踏み続ける。牙をかわす。角を避ける。爪を受け流す。尾を飛び越える。


そして常に攻撃をし続ける。


岩の竜が活動を停止するまで、攻撃権を渡すことはなかった。戦闘が集結し、竜は討伐完了の報酬であるカードに変わる。


圭太郎は細剣をしまった。


ここで何事もなかったかのように「さあ、行こうか」とほほ笑むことができれば、一時的ながら格好良さがストップ高になったのだが、そこは高校生男子。思った以上に上手く進行した戦闘に、ちょっと以上に気持ちが浮つく。


具体的に言うと、あれ、もしかして、いまの僕、すごく格好良くない? というか、ここはなにか格好いいポーズと共に格好いいセリフを付けるべきでは? という超無駄な思考に没頭するくらいに。


少年は腕を組んだ。


巨大な敵に圧勝すしたる圭太郎の姿に盛り上がった仲間三人のテンションが落ち着き、そして「なにをしているのかあのバカは」というところまで下がったところで、ようやく圭太郎は腕を解いた。


立ち姿を右斜め四十五度に修正する。仲間たちがなにか叫ぶ声が聞こえた。


普通ならばその内容が警告であるということがわかるのだが、いかんせん、頭の中はいい感じに沸いてしまっている。


ふふっ、そんなに騒がないでくれよ、子猫ちゃんたち。


そして。


「『立ち塞がった障壁は破砕し――』」


残念なことに最後まで言い切る前に、横合いから突撃が入った。身体がギャグマンガのように横転し、ギャグマンガのように突っ伏す。


不覚にも、牙イノシシ狩りと竜への対峙で圭太郎に少しだけドキッとしていた琴音は、先ほどまでの自分に対してため息をつくと銃を構えた。


圭太郎を襲ったのは大きな野ブタであった。


身体こそ大きいものの、ただそれだけ。ぶっちゃけ初心者向けの相手である。どのくらい初心者向けかというと、このゲームで最初に接するモンスターであるというくらい。


追尾のスキルをセットして狙いをつける。引き金を引く。


あっさりと倒す。


これこそ、ザ・間抜けの敗北という格好で地に伏せる少年の姿に、琴音はもう一度大きなため息をついた。

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