[四日目 22時18分・現実世界]
微妙な顔、という言葉しか当てはめようのない表情がある。
料亭を出た三人の顔がまさにそのとおりで、議員と秘書、そして官僚はまったく同じ顔のまま車に乗り込んだ。
ハンドルは秘書が握り、後部座席には残る二人が乗り込む。車は滑らかに動き出した。駐車場を出て、一般道に入る。二つ目の交差点の信号は赤だった。車が止まる。
そこで全員そろって息を吐く。
「まさか……」
一番若い峰岸秘書はなんとも言えない感情を込めた声でつぶやいた。
「『テレビのお告げ』という言葉を耳にすることになるとは思いませんでした。しかも、あれほど聡明な方から」
「そうだねえ」
藤川議員はあごを撫でた。
「しかし、ばあさんはすごいよ。俺だったら、いくらそんなものを見たところで、それを理由に動くことなんて絶対にできないからな」
苦笑しながら、先ほど聞いた話の冒頭部を思い返す。
夜中に目が覚めた。消したはずのテレビがついていた。そこにはぼんやりとした人影が映っていた。その人影は告げた。明日、原因不明の意識不明者が三名発生する。そして――
普通ならば、夢でも見たと思い、そのまま放置する案件だ。
「しかし、先生は実際に動いた。結果として、初期の段階で国は事態を把握し、わずかではあるが対応を早めることができた」
横に座る官僚がため息をついた。
「先生の見た夢というのが、幻覚であって欲しいと願っている自分がいるよ。状況を見る限り、そうである可能性は薄そうだがな」
「さてさて、我々が相手にしているのは、神か、宇宙人か、異世界からの侵略者か」
茶化すような藤川議員の言葉に、他の二人は沈黙を返す。
沈黙しか返すことができない。
それにしても、と藤川は頭の後ろで手を組んだ。
「『運営』の立ち位置を考え直す必要があるな」
横にいる官僚の視線を受け、話を続ける。
「ばあさんにお告げをしたのが、『運営』と同等の存在だと仮定する。そしてそれが本件に関わっている以上、お告げをしたやつの正体は、二通り考えられる」
「『運営』と同一の存在か、それとも――対立者か、だな」
官僚の言葉に、政治家はうなずいた。
「またはそれ以外の……無関係の第三者でもいいが、その可能性は低そうだから、脇に置いておこう。『お告げさん』は、本件の発生を予告した。結果、ばあさんは早めに動き、俺たちはそれなりに早い対応をすることができた」
「『お告げさん』が『運営』の対立者なら、この件に反対する立場をとっているということになる。相手は超常的な力を持ってはいるが、絶対でもなく、一枚岩でもない」
逆に、同一陣営ならば、と運転をしながら秘書の峰岸が口を開く。
「『運営』は、国の……少なくとも指導者層が早い段階で情報に接することを望んでいたということになります」
そうだね、と藤川議員はうなずいた。
「これまでの『運営』のやったことをおさらいしてみるよ。あちらさんは少年少女三名の意識をゲームの中に閉じ込め、それを全世界の通信網を占拠して告知し、少年を主人公とした冒険映像を配信している」
峰岸くんは、運営を敵だと思うかな、と議員は問いかけた。しばらくの沈黙の後、否定の言葉が返ってくる。
「敵味方で判断するようなことではないのかもしれませんが、少なくとも、明確な敵意は感じません。もちろん、三人の意識不明者という被害者は出ています。ですが、害意があれば、もっと多くの人を同じ状態に陥らせていると思います。さらに、それだけの力を持っているにもかかわらず、やっていることは配信とアンケートのみです」
「やはり峰岸君の言うとおり、『運営』の目的は配信で人を集めて、その先にある何かを見せようとしているということか」
官僚が窓の外に目を向けた。
「あらためて自身の無力さを感じるな。俺たちがしていることはすべて無駄なのではないか? 圧倒的な力を持つ相手の意図を考えたり、対応策に頭を悩ませたりするのは、全て意味のない行為ではないか……そんな気持ちになるよ」
意味はあるさ、と藤川議員は応じた。あえて軽い口調を選び、重くなりかけた空気を払う。
「どんな意味が?」
幼馴染の言葉に、政治家はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「おいおい、俺は政治家だぞ。無責任な政治家が示した方角に、悪態をつきながらも道を通すのは――」
「俺たち官僚の役目だな」
梶原は肩の力を抜き大きく伸びをした。呼吸を整え、眼鏡を直す。
「前から言おうと思っていたが、お前ら政治家はもっとまともな方針をたてろ」
「わかった。善処するよ」
誠意のかけらもない返事に、官僚はわらった。政治家が肩をすくめる。
運転中の秘書は、二人に見えないように唇をほころばした。
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