[四日目 20時07分・ゲーム内]
闘技場と呼ばれる施設では、プレイヤーが特敵のモンスターと模擬戦闘を行うことができる。
とはいえ、あくまで操作に慣れるための練習の場。負けたところで死亡扱いにならない一方、勝ったところでなにかが得られるわけでもない。
というわけで。
「―――――っ!」
鎧をまとった狼の姿となったイルヴァに三連続で敗れた琴音は、泣き出しそうな顔でこぶしを握りしめた。既に夜が空を覆っており、現実世界とはことなる星々がきらめいている。
負けたのがそんなに悔しいのか、というとそれもあるのだが、主な原因は試合前の一言。
「『本気出していいんですよね、イルヴァさん。わたし、けっこう強いですよ』」
調子に乗りまくっていた中学生プレイヤーの言葉を、案内役のリズは平坦な声で再現すると、隣の少年に顔を向けた。
「いかかですか、解説の圭太郎さん」
「そうですね。平常心を完全に失っていますね。まずは落ち着くこと。冷静に現状を分析する必要があると思います」
「なるほど。なにかアドバイスは?」
「ありますが、戦闘を舐めていた子が、現実を知って顔を泣きそうな顔をするというのは、僕的にはかなりポイントが高いです。なのでこのまま放置しようと思います」
「ありがとうございます。それでは現場に一旦お返しします」
唇をかみしめながら、琴音は二人をにらんだ。憎たらしいことに平然とした顔で手を振り返してくる。
「んー、交代したほうがいいかもしれないね」
人型になったイルヴァが、琴音の手を取った。
「実力的にはあたしと同じくらいだと思うよ。でも、戦闘に慣れていないから慌ててしまって実力が出せていない。そんな感じがするかなぁ」
「……そうですかね」
「落ち込むことないって。訓練は自分に足りないところを見つけるためのものなんだし。元気、えがお! 笑顔、げんき!」
少女のほほに指をあて、唇の端を上げさせる。少しだけ気持ちが切り替わったのを確認すると、イルヴァは圭太郎に手を振った。
「じゃあ、琴音ちゃんはいちど休憩ということで……やろっか、ケー君! もちろん、あたしは人型ね」
「えー」
少年はため息をついた。
「やだなぁ。人型とは戦いたくはないよ」
案内役はリズ首を傾げた。唇を開き、淡々と言葉をつむぐ。
「人型であろうが、獣型であろうが、イルヴァさんであることには変わらないのでは? ここにいるわたしたちは、全てデータです。圭太郎の世界における死という不可逆的な活動停止は存在しません。それは圭太郎自身も同様です。あなたが戦闘に敗れたり、愚かな行為で死んでも、すぐにやり直すことができます。ここでは、全てがセーブされています。そして全てがロードされることが可能です。気にしないで、ぱぱっと戦い、そして散ってきてください」
「……散ること確定なんだ」
うー、とうなると、圭太郎は闘技場へ足を踏み入れた。
やや重い足取りの琴音とすれ違う。掛けるべき言葉が思い浮かばなかったので、少女の頭を軽くなでると、少年はそのまま進み、イルヴァと向き合った。
「戦わないとダメ?」
「もう、なんでここにきてそんないまさらなこと言うかなぁ。人型の相手と戦うのに忌避的感情があるのは理解しているわよ。でも、この大陸と違って『夜と雪の国』は、あたしのようなタイプのモンスターがけっこういるんだよ」
「そうなの?」
うん、そうなの、とイルヴァはにっこりわらった。
「それらとの戦闘を全て回避できるとは限らないでしょう? 経験は判断するための基準を与えてくれるよ。だから、あたしと戦い、あたしを倒して。その上で、人型のモンスターにあたったときにどうするかを決めればいいんじゃないかな?」
イルヴァは自分の唇に指を当てた。魅力的な笑みをつくり、ウィンクを一つ重ねる。
「だいじょうぶ、だいじょーぶ。上手くいったらほめてあげるし、失敗したらちゃんと優しくなぐさめてあげるか。では、いってみよー!」
イルヴァは軽いステップで後ずさった。
膝をわずかに折る。身体が沈む。
圭太郎に迷う時間を与えず、イルヴァは戦闘を開始した。
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