[四日目 15時00分・現実世界]

『全プレイヤーの身元確定か?』というテロップと共に現状を解説しているニュースを流し見しながら、藤川議員は本部長室の来客用ソファーで行儀悪く足を組んでいた。自分の端末に流れ込んでくる新たな情報を頭の中に納めていく。終えたところで、扉が開く。


石の竹内と呼ばれる官房副長官にして本部長が秘書たちと共に入ってきた。藤川議員は与えられた席から立ち一礼すると、先輩議員をからかうような笑みを見せた。


「ちゃんと食後のお薬は飲んできましたか」


「そこまで耄碌してはおらん」


自分の椅子に腰を下ろし、机の上にある端末を手に取った。時刻を確認する。この部屋に戻る予定時間を一時間半もオーバーしている。


「目覚ましを解除したのは、君の指示だと聞いたぞ」


「睡眠時間が短すぎます。まだまだ先は長いお仕事――かはわかりませんが、ちゃんと寝てくださいな」


「部下が働いている間に、のんきに寝ているわけにはいかん」


「その通りですね。というわけで、これは俺の判断ミスです。申し訳ありませんでした」


誠意のかけらもない表情で頭を下げると、藤川は報告を続けた。


「すでにお聞き及びかと思いますが、あらためての報告を。いまだ確認がとれていなかった最後の一人、宮内詩乃さんについての追加となる情報はありません。彼女がいるとされた場所へ、高橋圭太郎くんと宮内琴音さん――正確には、配信映像内でそう名付けられている二人は向かおうとしましたが、現在、都市を出ることができずに足踏みしています」


「なにか妨害があったのか?」


妨害といいますか、と藤川議員は苦笑した。室内の大型モニターに情報を表示させる。


「『運営』からアンケートが出されました。二人をこのまま出発させるか、出発を遅らせる代わりに途中の地点まで移動できるアイテムを与えるか、というものです。『遅らせる』が圧倒的に支持を集め、現在の状況となりました」


そのアイテムで最終的な目的地までの時間は短縮されるのかね、という官房副長官の質問に頭をかく。


「このゲームをプレイしたことのある人の話によれば、大して変わらないそうです」


「が、票は偏った」


「まもなく本部の方で正式な分析が報告として上がってくると思いますが……うちの優秀な秘書と、有能な官僚の意見としては、先だって行われたイルヴァというNPCの衣装デザインの募集が関連しているのではないかと」


どういうことだ、という官房副長官の目を受けて、藤川議員は頭をかいた。


「衣装デザインの募集は間もなく締め切られ、その後、ゲーム内に反映されるそうです。しかし反映されたその服を、プレイヤーが購入するためには、店を有する都市や街にいなければなりません」


「……それだけのために出発を後らせた、と?」


「その可能性は高いと思います。私だって、無責任な立場であれば、ゲーム内の人物や、その家族の焦る気持ちよりは、どんな服が採用され、購入されるかの方に興味があるでしょう」


藤川は手元の端末に目を落とした。


「一応、ネット上での意見としては『高橋くんに休息をとってもらいたい』『プレイヤー同士のコミュニケーションが必要』などという声が出てはいますがね」


竹内官房副長官は、岩のような奥歯をかみしめた。


「『ザ・ゲーム・ショー』か。まさに見世物だな……『運営』は単に彼らの冒険譚を見せたいだけなのか?それとも、その先に何かがあるのか――」


瞳が動き、藤川議員に向けられる。


「君はどう思う?」


「まったくわかりません」


藤川議員は頭をかいた。


「あるいは向こうさんもまだ決めていないのかもしれませんよ、どういう結末を用意するのかを」


「視聴者次第、ということかね?」


「可能性の一つですよ。なにしろ、正体不明、動機不明に加えての目的不明ですから――とはいえ、個人的な見解ではありますが、結末については近いうちに明らかになると思います」


竹内官房副長官の片眉が上がった。


「そう考える理由は?」


「現在、『運営』は人々の興味を引くためにさまざまな手を打っています。さきほど申し上げた、衣装デザインのほかに、現在は――」


藤川議員は自分の端末の画面を見せた。


「都市に足止めとなった彼らが入る食堂に、どのようメニューを置くか、というようなことについても、視聴者の参加を求めています」


ですが、という言葉を挟む。


「人が興味を持つ対象は多種多様です。いま現在は、全世界の耳目を集めていますが、すぐに飽きられるでしょう。そうなる前に、『運営』は見せると思います」


藤川議員の声が深く沈んだ。


「あの時に述べた『新たな未来が切り開かれます。ご期待ください』という言葉が意味するところを」


「新たな未来か」


竹内官房副長官は重く口を開いた。


「いつの時代も、その言葉が導いた先には繁栄が待っていた。だから人間は前を見ることができる。だが、同時に、いかなる犠牲もなくしてそれを手に入れたことはない」


二人は期せずして、共に窓の向こうに目をやった。


不気味なまでに青く澄んだ空がどこまでも続いていた。

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