[四日目 13時30分・ゲーム内]

「それでは第一回『現実世界に戻ろう会議』を開きます。なお、先輩の発言は許可しますが、一切考慮しないのでそのつもりで」


横暴な言葉共に、宮内琴音は宿屋のベッドに腰かけた。案内役のリズと、狼少女のイルヴァも同じように寝台に腰を下ろす。


ちなみに、圭太郎君は床に正座。


「では、確認します。わたしたちは、お姉ちゃんを探し出して、合流し、先輩のスキルを使って帰還します。『破竜グリド』とは戦いません。この方針に文句はないですね」


圭太郎が顔で不満を表明した。二歳年下の琴音が、できの悪い弟を見るような目をする。


「気持ちはわかりますよ。わたしだって、お姉ちゃんが『破竜グリド』と戦って敗れたと聞いたときにときに、敵討ちに出ようと考えましたから」


横に座る案内役のリズに目を向ける。


「『破竜グリド』に敗れた場合は脱出イベントに組み込まれる。その脱出イベントはプレイヤーごとに異なったものとなっている――間違いないよね」


はい、とリズが答える。


「もし、わたしたちが『破竜グリド』に挑んで敗れれば、個別に脱出イベントをこなさないといけない。それなら、戦うのは回り道になるだけです。異論はありますか」


「……あるけれども、ありません」


小さい声で圭太郎が答えた。


たしかに正論。だからこそ、自分の意見を飲み込むのに苦みを覚える。覚えるが、感情と折り合いをつけるのは自分の仕事である。

表面上だけでも気持ちを切り替える。


「……しっかりしているね、本当に中学生?」


「先輩が高校生とは思えないくらい、しっかりとしていないだけです」


琴音は冷たい目を向けた。


「本当に覚えていないのですか。三回も会っているんですよ」


「あー、うん。ごめん。なんとなく、見たような気はするんだけれども……」


圭太郎の言葉に、琴音はあきれたようにため息をついた。


「お姉ちゃんのことしか見ていなかったとおいうのがよくわかりますね。『わたし、光が原を受ける予定なんですよ』『そうか、じゃあ来年は僕の後輩だね』『そうですね、よろしくお願いします、先輩』」


以上、わたしがあなたを「先輩」と呼ぶ理由です、と言いながら目を向ける。あー、うん、と圭太郎が手を打った。


「そういえば、そんなこと言っていたような気がする」


「どこで言ったか覚えていますか?」


「……フードコートの前で」


「公園で、ですよ。お姉ちゃんと偶然会ったときの会話ですから。ほかに先輩と会ったのは、あのショッピングモールの甘味処の前と、本屋の中。フードコート前で会ったことは一回もありません」


「記憶力がいいなぁ」


圭太郎が感心したような顔をした。


まあ、そういったことはさておいて、と琴音は情報交換を求めた。


まだ戦闘を経験していないということで、圭太郎が森と砂漠の横断についての話をする。琴音からは街の様子についての説明があった。そして、話は現在脱出イベント中であると思われる、宮内詩乃の所在に移る。


「リズが把握している範囲内に、お姉ちゃんの反応はないんだよね」


「はい」


「先輩はどう思います?」


「どうって……リズさんの捕捉できる範囲はこの地図と一致しているんだよね」


地図を開きながら確認する。


「ということは……その、この地図の範囲外のところに、宮内はいるってこと……だと思う」


「問題がその『範囲外』ですよね。この地図の表示外のエリアって聞いたことありますか?」


宮内妹の言葉に、地図をもう一度見る。


主舞台である大陸があり、その西側には昨年のアップデートで追加された大きな島が。そのすべてを踏破しているが、『その先』については聞いたことがない。


「へえ、これが世界の形なんだ」


イルヴァが後ろから身を寄せながら、その唇を圭太郎に耳元に近づけた。吐息と共にささやきを流し込む。


「あたしが棲んでいた『夜と雪の国』はどこ?」


「どこって……」


イルヴァがさらに身を寄せる。正座をしたままなので、うまく逃げることができない。


助けをもとめるように、ベッドに腰かける宮内琴音を見上げると、汚物を見るような目が返ってきた。


その横にいる案内役のリズに視線を移すと、しばしの沈黙の後、無表情のまま右手の親指を立てる。


「グッドです」


いや、なにがグッドなんだよ。


「よ、夜と雪の国だよね」


とりあえず、体を押し返す。なんというか、こうやわらかくて温かいのだけれども、それには気づかないことにして話を戻す。


「僕は行ったことがないけれども……それって、どんな国なの?」


「名前のとおりだよ。ずっと夜が続き、ずっと雪で覆われている国」


イルヴァは整った指を、整った唇に当てた。


「ケー君は知らないの?」


残念ながら、と答える。琴音に目をやるが、首を横に振る仕草が返ってきた。


「あ」


突然、リズが感情のこもらぬ声を上げた。


「重要情報が追加されました。ただいま地図の更新が行われました」


え、という二人のプレイヤーの目の前で、地図の北東部に新しい島が加わった。表示名は『夜と雪の国』。


そして。


「三人目のプレイヤーの位置が開示されました」


地図にポイントが表示される。


「こちらの地下九七階に、プレイヤー『宮内詩乃』はいます」

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