[四日目 12時05分・ゲーム内]
ゲームの設定では、「鉄鋼浮遊都市アオ」は要塞であり交易都市でもあると設定されている。
わかりやすく言い換えると、広くて、入り組んでいて、おまけに人が――NPCがめっちゃ多い。実際、圭太郎君が到着した砂漠方面の門でさえかなりの賑わいを見せているし。
さて。
NPCでにぎわうこの広い街で、もう一人のプレイヤーをどう探せばいいのやら。
「どうする、ケー君。このままずっとここで待つのですかな?」
「うーん、通信系が使えるようになれば簡単なんだけれどもなぁ」
システムを呼び出す。相変わらず、他プレイヤーとの連絡を取る方法は封じられている。
「まあ向こうには案内役のリズさんがいるし、そのうち会えるでしょ」
ひとまず景色のいいところで一休みしよう、ということで、圭太郎たちは円周部のテラスに設けられた喫茶店に移動した。眺めの良い席が空いていた。柵越しの景色に目をやる。
「鉄鋼浮遊都市アオ」の名前の通り、複層構造を有する金属製の都市は、山脈の上に浮いている。いま二人がいる喫茶店は、その最外側のエリアにある。眼下に空がある景色は、やはりここがゲームの中であることを実感させられる。
させられる、が。
「ゲームの中なら、もっと町も簡略化して欲しかったなぁ」
改めて現状を再確認する。
都市には、ゲームと同じお店が存在していた。
そこで働く人がいて、その人が生きるための様々な設備があり、その設備を維持するための仕組みがあり、その仕組みを運営するための組織があり、その組織で働く人がおり、その働く人には家族がおり、その家族が生活するための――要するに現実に準じる形での混雑と広さが備わっていることを実感してしまう。
「こちらから探す手段はなし。向こうが見つけてくれるのを待つしかないかな」
「夜はどうするの?」
「どこか宿があるでしょ。これだけ大きな町なんだから」
「へー、そんな余裕を見せていいのかな?二人で一部屋、同じ寝台、なんて事態になるかもしれないよ。どうする? ねえ、どうする? そうなったらどうする?」
「そのときは、僕は床で寝るよ」
答えながら、飲み物に口をつける。
「……それにしても、なんで新しい服が買えないかなぁ」
ここに来る途中、服屋があった。
同行する狼系女子さんが新しい服が欲しいということで服屋を何軒か回ったのだが、いずれの店も同じ言葉で断られた。
「『申し訳ありません。そちらの方用の服は現在、在庫がありません。明後日には用意できますので、その頃にまたお越しください』かぁ……あんなに服はたくさん置いてあったのに」
確かに、ゲームでは装備についての規定があったが、部分的ながらもリアルが導入されている現状でそれをやられると、なんとも言えない気分になる。
というか、明後日なら服が手に入る、とは一体なんなんだろう。
このとき、現実世界では『急募!高橋圭太郎くんの同行者であるNPCイルヴァの服を募集します。皆さまのデザインをお寄せください』というキャンペーンが行われているのだが、さすがにそれを知ることはできない。
考えてもわからないことは放り投げ、圭太郎は目の前の狼系女子さんに目をやった。砂漠をわたるときはなんだかんだで緊張感をもって行動していたため、いまさらながらイルヴァについてなにも知らないことに思い至る。
「イルヴァはあの森……というか砂漠あたりに棲んでいたの?」
違うよ、とイルヴァは首を横に振った。
「あたしがいたのは、夜と雪の国。目を覚ましたら、あそこにいたの。もしかしたら、ケー君と会うために、あそこに連れてこられたのかもね」
僕と会うために? と目を丸くする圭太郎の前で、イルヴァは楽しそうに笑った。
「だって、あたしはヒトに協力するために作られたのだもの。でも、夜と雪の国にヒトはいなかったけれどもね」
イルヴァがカップに口をつける。
「ケー君の話によれば、いまこの世界にはヒト――プレイヤーというのは三人しかいないのでしょ。その三人のうちの誰かが夜と雪の国に来るかどうかはわからない。だから、ケー君がいうところの『運営』によって、あたしはあそこに運ばれた――というのはどうかな?」
「まあ、確かに……」
なぜ、他の二人ではなく、自分なのか、という点は不明だけれども、その説明には納得できる。
「でも、この世界がゲームで、自分が作られた存在である、という点は知っていたんだね」
「なにか不思議? ケー君だって、その……それまでいた『現実』の構成について、別に不思議には思わないでしょ」
イルヴァは唇の端を上げた。
「もしかして、ケー君の世界も誰かに作られたものかもしれないよ。誰かが運営している世界であり、ケー君が当たり前のものだと思っている……科学的な法則だっけ? それだって、この世界における『運営』のようなものが設定したのかもしれないし」
なるほどなぁ、と圭太郎は感心したように目の前の狼系女子を見つめた。
とりあえず自分の現実世界のことはさておいて、このゲームの住人は、自身の世界が作られたものであるということについては、当然のこととして捉えているらしい。
ところで、と圭太郎は話を変えた。かなりこのゲームをやりこんでいる自分ですら知らなかった言葉を問う。
「その『夜と雪の国』だけれども、いったいどこに――」
見つけた! という声が二人の会話を遮った。
屋上喫茶の入り口に二人の少女がいた。
一人は、この世界にきたときに案内役として登場したリズという少女。
もう一人は――なんとなく見たことがあるような気はするのだが、気のせいだと言われれば気のせいのような気がする。
もしかして、あの子がもう一人のプレイヤーなのだろうか。
プレイヤーと思われる少女が力強く――というか、若干、怒りを込めたような足取りで近づいてきた。
どうしよう、なにか怒っているけれども、ここはとりあえず土下座でもするべきだろうか、という圭太郎の正しくも間違った判断が実行に移されるよりも早く、少女は圭太郎の前に立った。
じろり、という擬音がよく似合う一瞥のあとで、少女の唇が開く。
「おひさしぶりです、高橋先輩」
冷たい声と共に、意外な言葉が少女の口から放たれた。
「まったくもう! なんで移動しちゃうんですか! 確かに、気づくのが遅れましたし、お待たせしましたよ! でも、こっちにはリズがいるんですよ。そのまま街の入り口にいてくれれば、もっと簡単に合流できたのに!」
「あー、うん、それについてはゴメン。ちょっと買い物があってね。ほら、隣にいる人の服を、ね」
少女の目がイルヴァに向いた。
「……どなたですか、この方」
「あー、話すと短くも長くなるんでそれはまた後程ということで」
言いながら相手の少女の顔をもう一度見る。確かに見たことがあるような気もするが、ないような気もする。
「どこかで会ったことがあったっけ?」
少女の瞳に、一瞬だけうれしそうな笑みが浮かんだ。よし、良い感じだ。こちらが覚えていないことに気付かれないようにしつつ話をもっていかねば。
「そういえば、前一緒にパーティーを組んだことが……」
少女の目が怒りに変化した。どうやら違うらしい。
「じゃなくて、うん、あれだ、同じ学校……だよね」
少女の目に冷たいものが加わる
「本当に覚えていないのですか、高橋先輩」
ここで素直に謝ることができればまだよかったのだが、残念ながら女性に対して正しい対応ができるのならば、いまのように片思いをこじらせてはいない。
「いや、ね、あの、み、見覚えはあるんだよ。うん、本当に」
考えろ、考えろ。ヒントはちゃんと出ている。自分のことを『先輩』と呼んだんだ。そして同じ学校ではない。となると、結論は一つしかない。
「ひ、ひさしぶりだね。中学を卒業して以来かな、井口ちゃん」
「……誰ですか、井口ちゃんって」
どうやら違ったらしい。違っただけならともかく、目の前の少女の怒りポイントがずんどこ加算されていくのがわかる。
上限はないのだろうか。
少女は冷たい声で、自分の名前を告げた。
「わたしの名前は、宮内
そして琴音は、目の前の少年にとって最重要となる情報を告げた。
「早く残る一人と合流しましょう――わたしのお姉ちゃんと」
・
その瞬間を宮内家の両親は、ディスプレイ越しに目撃した。
母親の目から涙がこぼれた。夫の手を握る。夫は何度もうなずき、そして妻の肩を抱き寄せた。
世話役として立ち会っていた立花秘書は気遣う言葉を二人にかけた。やさしく手を握る。
そして、その面倒見の良さそうな顔を崩すことなく、静かに距離をとり、その反応を関係各所へと報告した。
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