[三日目 21時27分・現実世界]

一時避難先となったマンションの一室で、意識不明者の各家の両親は若干の気まずさのなか顔で顔を合わせていた。


病院でのお見舞いの帰り。


共に被害者の家族かつ、仮住まいながら同じマンションに住む両夫婦は、立花文子という世話役の部屋に招かれた。そこで、いま流出している情報を教えられたのだが、その内容は、なんというか、うん、非常に反応に困るものであった。


「その……高橋さんのご子息ですが」


「いや、さすがに息子の片思いの相手までは。ところで、お嬢さんのこの情報は……」


「私も聞いていませんね……」


宮内家の父は視線を横に向けた。妻がなんとも言えない顔をしながら、困ったようにお茶に口をつける。


「娘はよく高橋くんのことを話に出していました。その……とても良いお友達として」


圭太郎の両親が苦笑した。申し訳なさそうな表情を宮内家の両親が浮かべる。


いまネットを流れている情報には、圭太郎君の恋愛事情が記載されていた。


片思いしている。相手は同じクラスの宮内詩乃。しかし、宮内詩乃には他に好きな人がいる。さらにその相手には――


「ここまで大変なことになるとは思いませんでした」


圭太郎の母は、小さく息を吐いた。そして気遣う視線を目の前の夫婦に向ける。


「うちはまだバカな息子のバカな話で済んでいますが、宮内さんは……」


「止めようがない、というのは辛いですね」


宮内家の父親が妻の手を握りながら答える


「遠からず、娘のことも広まるでしょうね。真実も嘘も、区別がされないままに」


現在、ネットには様々な情報が躍っている。

既に宮内詩乃には恋人がいる。その恋人は二股をしている。その相手は同級生だ。先輩だ。いや、付き合ってはいない。遊ばれているだけ。いや、本気だ。いや、実は――


あまり落ち込んではいけませんよ、と割烹着を着た世話役の立花が、優しい声でお茶のお代わりを注いだ。


「いまご家族の方々が考えることは、意識を取り戻したお子さんを優しく迎えること。それだけを考えてください――ちょっと失礼しますね」


立花の端末から呼び出し音が鳴った。通話をする。


「はい……はい、わかりました。いま確認しますね」


どうしましたか、と顔を向けてくる両家族の前で、立花はテーブル傍にある大型ディスプレイの電源を入れた。ネット接続されたその画面に『ワン・ワールド運営からのお知らせ』という文字が浮かんでいる。


「世界中で同じ情報が表示されているようですね」


その情報を、両家族が追う。


『高橋圭太郎くんに関し流布された情報につき、確定的な事項とそうではないものが混在しています。混乱を避けるため、我々は、以下の情報を開示します。高橋圭太郎くんが好きな相手が同級生の宮内詩乃という少女であるか否かは、配信の内容を見てご判断ください』


おやおや、つまりそれは、と世間がにやりとした言葉に続き、重要な情報が開示された。


『ただし、彼女はこの世界に閉じ込められたプレイヤーの一人であるという情報は正しいです』


両家族から驚きの声が漏れた。

さらに情報は続く。


『また、彼女には別に想いを寄せる相手がいるかについても配信の内容をご覧ください。ただし、その相手にとされた人物には別の女性に対する恋心があり、それに基づき交際をしている女性がいることは真実です』


なお、という言葉を挟み、アナウンスは続いた。


続いてしまった。


『この情報を最初にネットへ提供した「L2R2」氏は、高橋圭太郎くんおよび宮内詩乃さんの同級生です。名前と住所、そして書き込んだログは下記のとおりです――』



友人の情報を、悪意なく気軽な気持ちで流出させた高校生は、世界にその存在を知られることとなった。


本人がもっとも望まぬ形で。


情報を流していた端末には、通知とメッセージが凄まじい勢いで流れ込んでくる。真偽を問うもの。取材の申し入れ。そして正義の立場からの糾弾と罵倒。


恐怖から端末の電源を落とす。


だが、動き始めた現実はなにも変わらない。家の周辺には人が集まり始める。いくつもの端末が自分の家の窓に向けられる。インターホンが切れ目なく鳴らされる。


震える声で親が警察に助けを求める声を聴きながら、高校生は恐怖という言葉では追い付かない感情と共に部屋の隅でうずくまった。

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