[三日目 19時10分・現実世界]

世界は情報収集に追われていた。


なんといっても、「ワン・ワールド」運営は全世界の情報網を一時的ながらも支配し、さらにリアルタイムの通訳と翻訳を介して世界同時中継を行うということをやってのけたのである。


国内外を問わず、情報部門の人間は緊急の対応を迫られ、同時に通信に携わる機関とその関連業界――要するに、全ての組織がこの問題に注目せざるを得なくなった。


当事国となった日本政府は各国に協力を要請。手持ちの情報と引き換えに、「ワン・ワールド」運営についての世界的包囲網を打診していた。


それに応じる国。

応じると言いながら、独自に接触を試みる国。


様々な立場の無数の人々が、様々な思惑で動く中、配信されている高橋くんの映像は、興味と暇つぶしから億を超える人々によって気楽な娯楽として見られていた。


砂漠を渡るという、絵面的には地味な冒険だが、仲間が加わったことから、さまざまな意見と考察がネット上には溢れていた。あの鎧狼のイルヴァという存在はなんなのか。実は敵ではないのか。最初に登場したナビゲーターの少女との関係はあるのか。


同時に。


高橋圭太郎くんの詳細な情報もまた拡散していた。


未成年であり、なによりも意識不明の状態であるため、彼らのことを知るほとんどの人間は沈黙を貫いていた。


問題は、あまり物事を考えていない人間が一人でもいれば情報は漏洩するということ。


「ゲーム世界に閉じ込められた高橋圭太郎」という少年の存在が全世界に拡散されたあと、同級生の一人から「同じクラスだけれども、確かに高橋は学校に来ていない。あと、同じクラスのもう一人も」という情報はこぼれ、そしてそれは一気に広まった。


金であれ、権力であれ、そして情報であれ、なにかを操作できる立場というのは、麻薬よりも人間を酔わせる。


一人が開けた穴から、彼の個人情報は回収しようのないネットの海にバラまかれた。


もっともらしい嘘が加わり、それを訂正しようという善意からの訂正情報が流れる。結果としてわずかな時間で高橋くんの個人情報は、全世界の人が知るところなった。


やめろよ、と情報漏洩主を制する声はあったものの、自分が発信する情報に対して世界に揺れるような反応があることに興奮しないでいることは難しい。


その漏洩者――彼と同じクラスの、ごく普通の高校生は、端末を片手に自室で新しい情報を打ち込んでいた。


『ちなみに、高橋圭太郎が好きなのは、同じクラスの宮内って子。ところがこの子には別の好きな人がいるんだけれどもの、実はその相手にも……』


意図的に情報はそこで切る。これで、もっと知りたいという反応が押し寄せるだろう。数万か、数十万か、さらにその上か。そしてその後で流す情報でまた世界が沸く。


まだまだネタはたくさんある。


宮内詩乃もまた病院に運ばれた。二人は同じゲームをしていた。宮内の好きな相手は別の同級生であるが、その同級生には恋人がいるらしいと聞いたことがある。


端末が世界の反応を告げた。自分の発する情報に世界が揺れる快感は、たやすく抗えるものではない。


特段の悪意もなく。

ごく普通の高校生は新しい情報を気軽に流した。

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