[三日目 18時05分・現実世界]

アホとしか言いようがない自爆によって圭太郎が眠りについている頃、現実世界では、責任ある大人たちが忙しく動き回っていた。


三人の意識不明者の問題も大きかったが、それ以上に重要視されたのは、通信網が乗っ取られたことである。


この通信ジャックが全世界に対して行われたことが判明した瞬間、事態は一政治家と一官僚の手から、国家中枢レベルにまで一気に引き上げられた。


老政治家の手により動き回っていた藤川議員は首相官邸に呼び出された。居並ぶ面々を前に報告を行った後、事実確認が行われる。


その場で、対策本部の立ち上げが最終決定される。藤川議員は非公式会議に出席した官僚たちの名簿を提出した。そこに載っている人員を本部入りさせるように要望する。


要望はただちに受諾された。


目の前では対策本部の規模と、中核となる人事が決められていく。かなりの規模――となると、もはや自分の出番はない。


よし、俺のお仕事はおしまい。あとは優秀な人たちに全てを任せて――と官邸を退出しようとした藤川は、首相補佐官から呼び止められた。


そして、ねぎらいの言葉と共に別命が伝えられた。



ほぼ同時刻。中央省の梶原も政務次官より――事実上、官邸から直接の指示を受けていた。内容は、中断していた会見の続きを予定通りに十八時から行うことであった。


方針としては、事実関係のみを認め、不明な部分については調査中ということで押し切ること。そして、対策本部がまもなく発足することを告知するように、ということである。


マスコミに対しては、被害者が未成年であることから、本人の入院先および家族への取材自粛の要請がなされた。


あの謎の通信ジャックにより高橋圭太郎の名前は流出し、そこから連なる形でネット上には意識を失った三名の名前と写真が無責任なコメントとともに溢れてはいるが、対応はしなければならない。



諸事情によりことの発端から関わることになった世襲議員の藤川は、官邸から受けたお仕事の一つを片付けるために、病院の会議室を借りて被害者家族との面談を行っていた。


合いの手以上のことは自分からは話さない。ひたすら聞き役に徹し、それぞれ家族の不安を二時間以上にわたって受け続ける。両家族が一通りの感情を吐き出し終えると、藤川は病院の近くのマンションが用意してあることを伝えた。


「大手マスコミには自粛を要請していますが、こんな時代です。どんな人間がどんな行動にでるかわかりません。警備の人間を出しますが、正直、家の前を人が取り囲むというのは、それだけで気分が沈みますので、一時的な引っ越しをお勧めします」


鍵を渡す。


「お持ちになるものは貴重品と、着替えを少し。宮原さんのお部屋は五〇二。高橋さんのお部屋は五〇四。あいだの五〇三には、世話役となる文ちゃ……立花という女性がおりますので、なにかありましたらの人に相談してください。また、それぞれのお部屋の外側にあたる五〇一と五〇五には警備の者が詰めておりますのでご安心を。それから、買い物はこちらのカードで。支払いは国で持ちますのでご遠慮なさらず――特に嗜好品と娯楽品の二つは精神的に必要なものです。購入はためらわないでください」


最後に家族のそれぞれと連絡先を交換すると、藤川は高橋圭太郎の両親に一つ質問をした。


「ところで、高橋さんのご両親に一つお伺いしたのですが……」


圭太郎の父と母に目を向ける。


「あの映像にあった圭太郎くんとされている人物のことです。お二人の目からご覧になって『本物』に見えますか?」


あの、それは、と両親は顔を見合わせた。母親が額を抑えながら口を開く。


「その……あの、なんというか、軽はずみではないですけれども、重みのない行動は、間違いなく圭太郎です」


喜んでいいやら、悲しんでいいやらという顔で、両親は共にため息をつく。


「でも、本当なのでしょうか。意識がゲームの中に閉じ込められたなんて」


「残念ながら、わかりません」


藤川議員は正直に答えた。


「現在、政府はあらゆる可能性を考え対応を行っております。それには、あの配信された内容を信じることも、疑うことも含まれています」


藤川はもう一つの家族に目を向けた。姉妹共に意識を失った宮内家の両親が互いに手を重ねている。


「お嬢様方の情報がなく不安が募っているとは思いますが、まずはご自身の身体を第一に考え、休息をなさってください。政府は二十四時間休まず対応にあたっております。事態が動いた際には、必ずご報告をいたしますの。無理なお願いであることは承知しておりますが、気を張りすぎないでください」


ドアがノックされた。警備の人員が到着したことが告げられる。


家族を見送り、病院のスタッフに挨拶を終えたところで美形の秘書が近づいてきた。面談中に入ってきた連絡についてのメモを見ながら、裏口につけた車に乗り込む。


病院では表門も裏門も、記者と見物人で溢れていた。管轄の警察から派遣された警官により交通規制がなされているため混乱はないが、それでもため息が出てしまう。


「どうかなされましたか」


秘書の言葉に、藤川議員は苦笑いした。


「いや、みんな大変だな、と思っただけさ。こういう突発的な事態があると、想定外のところに人が回される。回されたところは穴が空く。空いたところには別の人員を――例えば、休息中の人を入れて対応せざるを得ない」


「見物人への不満ですか? それとも冗長性のない組織を作っている警察への批判ですか?」


「そうだね、強いてあげればそんな社会を見過ごしてしまっている政治家としての自省かな」


「一議員でしかない先生が反省をした程度では、社会は変わりませんよ」


そうだね、と頭をかくと、藤川議員は官邸に連絡を入れた。


ライブ配信されている「高橋圭太郎とされている人物」に対する家族の感想を伝えると、藤川は手にした端末をテレビ放送に切り替えた。幼馴染である中央省官僚の梶原が、よどみなく質問に答えていく。


最後の質問がなされた。


――「ワン・ワールド」側と一切の連絡がとれないということはわかりました。ところで、あの配信中にあった「彼の意識がこのゲーム内に閉じ込められたためです」という言葉に対してどう思いますか?


「現状では一切の断定は行いません。そのような文言があったということにつきましては把握をしておりますが、それにどのような意味があるのかについては現在分析を行っているところです」


――あなたは意識というものが肉体から切り離されてゲームに閉じ込められるということが、本当にあると考えていますか?


一瞬の間があった。そして答える。


「この場は個人的な見解を述べる場ではないため、返答は控えさせていただきます」


それではこれで終了いたします、という言葉と共に、強引に記者会見は打ち切られた。


端末に着信があった。相手は内閣官房副長官の竹内たけうち。岩を固めたような顔と雰囲気を持つ人間で、高校卒業後にタンカーの乗組員となり、その後五十過ぎでなんの後ろ盾もなく政界入りした叩き上げである。現在、六十五歳。


「藤川です」


『竹内です。総理より伝言です』


顔と同様、重く深みのある声である。


『「感謝する」とのことです』


「ありがとうございます。ということは、これで官邸からのお仕事は終了ですね。ではこれにて私はただの国会議員に――」


『戻れると思うのかね』


竹内の重々しい声が返ってきた。


『このような事態では、状況を知っているというだけで戦力として数えられる。そうは思わないかね』


「思いませんね。永田町にも、霞が関にも私より優秀な人間はたっぷりとおります。父の地盤を継いだだけの二世議員なんぞ使うよりは――」


『大先生のご指名だ。官邸とは違う形で動いてもらう――このまま話を続けても良いかね』


「……ええ、どうぞ。時間はいまたっぷりとできたところですので」


『本題の前に、雑談を一つしたい――今回の件。君は、意識というものが肉体から分離して存在すると思うかね』


「自分が受けてきた教育では、人の意識というのは脳の細胞による電気信号の集合体……のようなものだったと思います。脳に身体からの反応が集積され、その結果として意識が生まれる――難しい議論はさておき、人の意識が身体を離れて活動するということはあり得ない。そう考えています」


さきほどよりは柔らかい沈黙があった。


『現在、三名の身体からにはネットワークに接続する機器はなにも装着されていない。したがって、彼らの意識があのゲームに反映されることはない。よって、あの映像はゲーム会社が――我々は「運営」と呼称することにしたそれが作製したものである、というのがこちらの主流となる考えだ』


藤川はあごを撫でた。まことに常識的な見解だ。


『あの「ワン・ワールド」を作り、運営している会社には実体がない。通信省からの情報をもとに警察が登記された事業所に踏み込んだが、そこは雑居ビルの小さな一室で中にはなにもなかった。公安から正式な報告はまだ上がっていないが、記載されていた代表も架空の人物の可能性が高い。ゲームは停止したが、高橋圭太郎のゲーム内での行動とされている映像は、どこからか配信されている。まるで幽霊のような組織が相手だ。だが、その幽霊は実際に三名の人間を意識不明の状態に陥らせている。そしてその方法については一切が不明だ』


竹内が重く息を吐くのが分かった。


『現段階でなにかを要求するような言葉はない。それどころか、娯楽のような形で配信が行われている。だからこそ、政府内では加速度的に緊張が増している』


「意図が理解できない相手ほど。怖いものはありませんな」


君の言うとおりだ、と竹内の重々しい声が返ってくる。


『まもなく対策本部が発足する。目的は二つ。三名の意識不明者の快復と、「運営」の正体を突き止めることだ。総理直轄の形で、私が本部長に任ぜられた』


「竹内先生が? 官邸との調整官ではなく、ご自身が指揮にあたられるということですか?」


「神輿だよ、わたしは。実務は中央省が取り仕切る。本部は中央省の地下二階から四階および第一から第三指揮室を使用する」


藤川議員の目が見開いた。


他の省庁への指揮権を有する中央省に本部が置かれた場合、通常は「連絡室」と呼ばれる部屋が使用される。


だが、今回は指揮室が使用される。


かつての大災害のときに活用されたと聞いたことがあるが、それでも複数の指揮室の同時使用は聞いたことがない。


さらに、通常はなにも置かれていない地下二階から四階までも使用するという。おそらく一部は休憩室や仮眠室にあてられるということだろう。


「二十四時間体制で、ほぼ全員が泊まり込みでの対応――それを百人単位で行うつもりですか!? 集められる人員は、誰もが通常の仕事を持っているのですよ! 通常業務にどれほど甚大な影響が出るか……」


『それほどの事態であるというのがこちらの認識だ。さらに中央省に集められるのはあくまでも中枢となる人員のみだ。組織の規模は、さらに大きく、より幅広いものになるだろう――そして、君たちも名簿上はそこに組み込まれる』


『名簿上は?』


以後が本題だ、という言葉が返ってきた。


「大先生の命を受けて動いていた君たち――君と中央省の梶原君の二人には、分室という形で独立し、異なる角度からこの問題に当たって欲しい』


「どういうことですか?」


竹内官房副長官は静かな声で答えた。


『意識は肉体を離れて存在することができる。そしてそのようなことができる「運営」は人間ではない――その方向で、君たちは動いてくれ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る