[三日目 16時28分・ゲーム内]
高校生男子というのは基本的にバカな生き物である。
では、なにゆえバカな高校生男子がそれなりに社会に適合して生きているかというと、ひとえに他人の目があるため。
これが自分の部屋という他者の存在から隔たれた空間で一人きりになると、とてもお見せできない生き物となる。
具体的にいうと。
ゲーム世界に閉じ込められた高橋圭太郎君は、自分の一挙手一投足が全世界に翻訳付きで配信されている中で、無駄に派手な動きを伴いながら虚空に向かって剣を振るい、最後に自分ではひそかに世界で最も格好いいと信じているポーズを取った。
ついでに「夜よりも深き闇に還れ――この暗黒剣士の前に現れたことを悔やみながら」というセリフ付もつけてしまう。
もちろん、本人は自分の姿が配信されていることなど気づかず、ましてやこの瞬間、世界中で『夜よりも深き闇』や『暗黒剣士』などという言葉が笑いと共に大流行していることなど知る由はないのだが、まあそれはさておく。
一通り剣を使い終えた圭太郎は、武器を変更した。
やっぱりこっちかぁ、とあの格好良さのかけらもない銃に変更する。
案内役のリズという少女と別れて進むことしばし。モンスターとの偶発的な戦闘をいくつか経験してわかったことがある。
怖い。
ものすごく怖い。
それなりに高性能のVRゲームは経験済みであったが、実際に自分よりも大きな敵と相対するのがあれほどまでに怖いとは思わなかった。
だって、家ぐらいの大きさのやつが、襲い掛かってくるんですよ。
突発的に襲撃されたことによる否応なしの近接戦闘は、重要な教訓をもたらしてくれた。
恐怖に代表される諸々の感情というのは行動と判断を驚くほど鈍らせる。
先ほどは何もいない状態で簡単に技を出すことができたが、いざモンスターを前にするとそうはいかない。ならば解決方法は二つしかない。恐怖を克服できるまで経験を積みまくるか、もしくは――
圭太郎くんは中距離攻撃機能を持つ銃剣を手に取った。
「できる限り逃げ回るぞ」
力強くこぶしを握ると、圭太郎は足を進めた。ほどなくして立ち止まる。
森を抜けた。
抜けた先にあったのは砂漠である。地形にはわずかに起伏があるものの、それ以外は何もない砂の海。現実と違い、熱中症も、飢え死にもないし、運悪くモンスターにやられたところでセーブしたところからやり直すことができるため、恐れる暇があればさっさと進むべきである。
「……というのはわかっているんだけれどもなぁ」
あらためて砂漠を見る。地図が機能しているので迷うこともないだろうが、この先延々となにもない空間を歩き続けるのかと思うと、さすがに気が滅入る。
念のため、迂回路を確認する。こちらを選んだ場合の距離はざっと八倍。一人で気楽な冒険をしているのならばともかく、いまはまだ見ぬプレイヤーと待ち合わせをしている身。
仕方がない、進むか、と足を踏み出したときだった。
音が、した。
後方から。
振り向くよりも早く、前方に広がる砂漠に向かって全力で走る。スキルをつかってさらに加速。一気に距離を稼いだ後に反転して銃を構える。
森の影を脱ぎ捨てるように狼が姿を現した。人より二回りほど大きな体躯と――
「ヨロイ?」
狼は鎧をまとっていた。額を、肩を、脚を金属製らしき鎧が覆っている。このゲームで狼と戦ったことはあるが、鎧をまとっている姿は初めて見た。
というか、鎧をまとっているモンスターを見るのはこれが初めて。目撃情報すら聞いたことがない。
距離はまだあるが、視線はこちらに向けられている。
ゆっくりと腰を沈め、戦闘に備えようとしたときだった。
突然、派手な音と共に、目の前にメッセージが表示された。
『スペシャルイベント! 「
え? という圭太郎のとまどいを元にメッセージは続く。
『「鎧狼イルヴァ」を仲間にするには、戦闘で勝つか引き分けるかが必要です。なお、相手は現形態後に勝利した後で……この先は自分で確かめよう』
「……うん、わかった、あれだ。一度倒すと変身してもう一戦するやつだね」
親切なのはありがたいけれども、この手の戦闘イベントは長引く面倒なやつと決まっている。とはいえ、逃げ出すこともできそうにない。
よし、前向きに考えよう。この先は、砂漠のぶらり一人旅。たとえ狼であっても仲間がいた方がいい。
暑い砂漠に、暑苦しい鎧狼という組み合わせは、ちとアレな気もするけれども。
「しかし……」
思わずつぶやく。
「モンスターが仲間になるなんて。知らないうちにバージョンアップでもしたのかな」
イベント開始のカウントが始まった。自動発動のスキルと道具をセットしておく。
カウントがゼロになった。
戦闘が始まった。
圭太郎の戦術は単純である。
スキルやアイテムで相手の足を封じ、弾丸を叩き込む。狼の動きが自由になったら距離をとり、再び足を封じての攻撃を繰り返す。
地味というべきか、堅実と評するべきかはひとぞれぞれだが、ライブ中継を見ている現実では「つまらん」「さっさと倒せ」「逃げてばかりで楽しいの?」などという心温まるコメントが寄せられたその戦闘は、圭太郎の完勝で終わった。鎧狼が砂漠に倒れる。
圭太郎はまた距離を取った。
あのメッセーによれば、次は変身後の戦闘になるはず。果たしてどうなるのか。巨大化か。それとも、頭が三つくらいに増えるのか。
狙いをつけた先で狼が黒い光に包まれる。
「さて、どうな…………え?」
圭太郎の口からまぬけな声がもれた。
視線の先には同い年くらいの少女がいた。
緑色の瞳。銀色の髪。褐色の肌。額や手足には先ほどの狼と同じデザインの装備がある。
もしかしてあれと戦うの、という圭太郎の独り言に答えるように少女は楽しそうに手を振ってきた。
「こんにちはー、イルヴァでーす! すごい! あんなにあっさりと負けちゃうとは思わなかったよ。さ、第二ラウンドだけれども、準備はいいかな? 準備はオッケーかな?」
少女が両手の人差し指をこちらに向けてウィンクする。なんという元気の良さ。現実世界に居たら、間違いなく教室ヒエラルキーのトップ集団にいるタイプだ。
「あれあれー? 返事がないぞ。もういっかい聞くから、元気いっぱいに答えてね。準備はいいかな? 準備はオッケーかな?」
「……お、おっけー……です」
グッド! という感じでイルヴァが両方の親指をたてた。そして上体を前に傾ける。
「――第二戦闘を開始」
次の瞬間、戦闘開始を告げるイベント音と共に少女が突っ込んできた。
反応が一瞬遅れる。
その一瞬で、距離が潰された。思考よりも先に身体が動いた。横に飛ぶ。転がる。さきほどまで上半身があった空間を刃が薙いだ。女性の右手の装備から爪と剣を合わせたような刃が伸びている。
転がりながら、銃の弾丸を組み替える。わずかに距離が開いている。身体に直接当てるのでなければ躊躇は不要。相手の足元に向かって打ち込む。
濃い煙がイルヴァを包んだ。その隙に複数の罠を仕掛けながら距離をとっていく。
煙が晴れた。
麻痺効果のある銃弾をセットする。銃口を上げた。構える。
相手と目が合った。
ここは現実世界ではない。向かう合少女の姿をした者も現実ではない。というか、さきほどまで狼だった相手である。撃つのをためらう理由はどこにもない。
ないのだけれども。
「……ああ、もう!」
銃を収めて、剣に切り替える。イルヴァの唇の端がわずかに上がった。少しずつ距離を縮めてくる。
圭太郎は剣を手に走りだした。向こうも走り、そして。
あらかじめ圭太郎の仕掛けていた罠にかかった。少女の身体が緑色の煙に包まれる。手足の動きが鈍くなった。
その機を逃さない。逃がすことはできない。一気に距離を詰める。互いの間合いに入った。イルヴァの爪剣が圭太郎を襲う。
もし、自分の攻撃を当てることのみを考えていたのなら、圭太郎はそれを避けられなかっただろう。
しかし、彼の目的は剣による攻撃ではなかった。イルヴァの一撃は想定内のもの。それをかわす。かわしながらその横を駆け抜ける。駆け抜けると同時に、小さな球を投げ捨てる。
少女を新しい煙が包んだ。効いてくれ、と願いながら振り返る。圭太郎の視線の先で褐色の肌を持つ女性の少女が崩れた。
催眠ガスが効いたらしい。
よかった、と圭太郎はその場に座り込んだ。仲間にする条件は、勝つか引き分けること。アイテムを確認する。生け捕り用の檻がある。いささか悪趣味ではあるが、これを設置して時間の経過を待てば――
「……あれ」
まことに初歩的なことではあるが、圭太郎君は、このゲームに風が吹いていることを忘れていた。
そして自分は風下にいる。
あ、これまずい、と思ったときは既に遅く、全世界が見守る中、圭太郎くんはまぬけな顔で眠りに落ちた。
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