[二日目 12時25分・現実世界]

室内には七人の男女が集まっていた。官僚は五人。厚生省から二名。通信省から二名。


そして「官庁の中の官庁」よばれる中央省から一名。


これに国会議員の藤川と、彼が文ちゃんおばさんと慕う議員秘書の立花文子が加わっている。


一通りの事実確認が行われた後、立花秘書が口を開いた。


「以上のとおり、現在は単に三名の少年少女の意識が戻っていないというだけのことです。明日には戻るかもしれない。もしかしたら既に戻っているかもしれない。とはいえ、この事実は関係する各省庁において情報共有を行っておいて欲しい――というのが、うちの先生のお考えです」


申し訳ないですね、みなさまお忙しいのに、と優しい声で労りを挟む。


「申し上げたとおり、これは先生の『勘』でしかありません。そして先生の勘の的中率は、よく言って三割といったところです」


「これがその外れの七割になればいいですな」


中央省の梶原が静かな声で応じた。鋭い瞳に銀縁の眼鏡がよく似合っている。官僚という存在をそのまま形にしたような男は起伏のない声で話を続けた。


「現状、三名が意識を喪失するに至った原因は不明。共通しているのは、同年代であること。ほぼ同時に意識を失ったこと。場所が半径五百メートル内に収まること。そして――」


三名とも同じゲームをしていたということですね、と通信省の一人が言葉を引き取った。


「あー、俺はこういう難しいことはわからないんだけれどもさぁ」


およそ四十過ぎとは思えぬ軽い口調で、国会議員の藤川が資料から目を上げた。


「ゲームの……なんていうかな、画面の光の具合とか、音とかそういうやつが、変に重なった結果、意識を失っちゃうことってありえるのかな? ほら、なんだっけ、映画の特殊部隊がよく使っているスタンなんとかみたいに」


厚生省から派遣された官僚が手を挙げて答える。


「可能性としては否定しませんが、それにはかなりの量の光と音を必要とします。また、効果としては一時的な失神状態である場合がほとんどです。本件は、全員が揃って長時間の意識不明の状態になっております。さらに……」


報告書と独自に入手した資料に目を落とす。


「三名が搬送されるまでの、眼球運動と脳波の測定記録を見る限り『寝ながら起きている』という状況が続いています。実際、病院側の最新情報でも、脳は睡眠状態に陥っていません」


続いて通信省の官僚が手を挙げる。


「もう一つ。いまおっしゃられたようなものが原因だと仮定した場合、なぜこの三名だけが同時に同じ症状に陥ったのかということについての説明が必要になります。連絡を受けて調べてみましたが、この時間にそのゲームに接続していた人間は約八百人以上います。しかし、この三名以外の被害報告は確認できておりません」


なるほど、と藤川議員は膝の上で手を組むと、行儀悪く足を投げ出した。


「これが事故であれば、他の被害者が――意識を失わないにしても、なにかしらの障害に出くわした人がいるはずだ。だがその事例は確認できない、と」


または、と言葉を挟み別の推論を出す。


「これが『事件』ならば、確実に意識を失わせることができるなにかを、このゲームを通じて発信することができる、ということか……その場合は、なぜこの三人が対象となったのかという新たな謎が生まれるけれどもね」


どちらにしろ常識ではありえんな、と中央省の梶原が軽い言葉で応じた。他の官僚の視線が集まる。梶原は一つ咳払いをした。


「その推論は常識ではありえないですね、藤川先生」


「あー、うん、そうだよね。ロウちゃん」


「その呼び方はやめてください、藤川先生」


「固いなぁ、ロウちゃんは」


「やめろと言っているだろ、バカユキ!」


他の官僚の動きがとまった。失礼、と咳払いをする中央省官僚の横で、国会議員は楽しそうにわらう。


「こいつとは幼馴染でね――と、これは余談だね。ほら、先を続けてよ、ロウちゃん」


横にいる現役議員を一睨みすると、中央省の官僚は眼鏡を直し、口を開いた。


「いま藤川議員の言葉にあった『確実に意識を失わせることができるなにか』が存在した場合は、今後も何者かの意思によりそれを意図的に使用される事態まで含めての対応を考えなければならない」


厚生省の官僚が息を吐いた。外れの七割になってほしいですね、と言葉を漏らす。


「まあまあ。あくまでも可能性の話さ」


軽い口調で藤川議員が足を遊ばせる。


「ところで、原因……として最有力なゲームは、現在どうなっているの?」


「プレイできない状態になっています。トップ画面にはアクセスできますが、メンテナンス中の文言が表示され、その先には進めない状況です」


通信省の官僚が答えに、藤川は頭の膝の上で組んでいた手を解いた。


「運営している会社は?」


「連絡がとれません」


「怪しいねぇ。怪しすぎて、ミステリーだったら明らかに間違った方向に誘導されているパターンだよ、これ」


机の上で両手の指をあわせ、そこに視点を定める。議員は通信省の官僚にこれまでとは違った低い声で尋ねた。


「規制をかけることは可能かな?」


「原因がこれであると特定できない以上、不可能です。もし、特定されたとしても、停止、または接続の遮断には相応の時間が必要となります」


「だよねー。そう簡単には規制はできないよね」


藤川議員はいつもの口調で言葉を返すと目を上げた。


「今日のところはここまで……ということでどうだろ?」


異論がないことを確認する。


「情報はここにいる全員で共有を。とりあえず、その運営会社について調べる必要があるね。ロウちゃん、公安を動かせる?」


「公開されている情報の収集と分析のみだ。現場に人を出すにはなにもかもが不足している」


「一人のばあさんの『勘』だもの。それだけできれば上等さ。いつも仕事を増やして申し訳ないが、各人とも引き続き情報収集を頼む。なにか言われたら、俺か――」


「うちの先生の名前を出してください」


隅で発言を控えていた秘書が言葉を引き取った。官僚たちがうなずくのを見て、藤川議員は面倒そうに頭をかいた。


「――この件、ばあさんの『当たり』の三割の方だと、俺は思っている」


あくまで口調は軽く、藤川議員は言葉を加えた。


「皆には面倒ごとに付き合わせて悪いが、優秀かつ有能な人間は、どの時代でも無茶な仕事を振られるものだ。運が悪かったと思って諦めてくれ」


官僚たちは一瞬、動きを止めた。


そして誇りを持った一礼で、議員の言葉に答えた。

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