[二日目 08時30分・現実世界]

同時刻に倒れた三人の少年と少女は自動緊急通報システムにより、そのまま病院に搬送された。高校生の二人は同じ病院に。もう一人の中学生は別の病院に。


三人とも学校で意識を失ったため、家族には学校から連絡が入った。


高校から運ばれた少女と、その近隣の中学校から運ばれた生徒が姉妹であることはここで判明する。


既に各検査に着手していた病院同士は連絡を取り合い、お互いの結果を交換しあうことに同意。各事務手続きと並行する形でそれぞれの検査結果を交換し合ったところで、一日目は終わった。



二日目。

午前8時30分。


双方の病院の関係者が集まり、合同会議が開かれた。


会場は、中学生の少女が運ばれた病院の一室である。部屋にはそれぞれの病院の医師と看護士、そして事務員が出席した。


さらに。


隅に小柄な初老の女性が腰かけていた。


座り姿が美しい一方、自分の存在をまったく主張しないその初老の女性の――大先生と呼ばれる国会議員の秘書である立花文子の前で会議は始まった。議事録を見ると、形式的な挨拶が交わされたのち、すぐに症状の検討が始まったことがわかる。


結果からいうと、三名の意識が回復しない原因は判明しなかった。


肉体的にはなんら異常はない。にもかかわらず、意識はない。


発見された状況が似ており、さらに同時刻に意識を失っている。このため、三名の入院先は同一の病院の方が好ましい、という結論に至った。患者の移送に伴う諸書類がその場で作成され、医師のサインがされた。


次いで、病院で一夜を明かした家族に対しても説明がなされ、移送に同意する旨のサインを得られたことにより、その日の午後に三人は同じ病院に収容されることが決まった。


三人の容体について検討していた会議室の隅にいた初老の議員秘書は、会議の終了後、一度病院を出て、彼女の雇い主である老齢の国会議員に連絡を入れた。簡潔に状況を説明したのちに指示を受けると、立花たちばなは病院長に面談を申し入れた。


病院長が予定を変更してさえもそれに応じざるを得ない力が、彼女が仕える議員にはある。老練で老獪な政治家の秘書は丁寧に話を切り出し、今後についての根回しを始めた。


二十分後。


病院長の見送りに対して一礼して玄関を出ると、立花秘書は議員に短い報告を入れた。


今期での引退を表明している議員の落ち着いた声で次の指示を受けると、秘書はタクシーを呼んだ。タクシーが到着するまでの五分ほどの間に各方面に連絡を入れる。


タクシーが到着した。


「ごめんなさい。面倒なお願いで申し訳ないのだけれども、目的地の前に一つ立ち寄っていただきたいの。まずは、千代田区永田町の衆議院第一議員会館まで。その後、虎ノ門の交差点に――文部省の前あたりまでお願いします」


運転手の返事を確認すると、秘書はカバンから端末を取り出した。


すさまじい勢いで文章が打たれていく。第一目的地まであと十分、というところで書類は完成した。二度の見直しを行った後、暗号化し、三か所に送信する。


モバイル端末をしまうと、彼女はメモ帳を取り出した。暗号化したデータのパスワードを、そして会合の場所と時間を書き入れる。


車が衆議院議員会館の敷地に入った。


そこで待っている男性を見て、秘書の片眉が動く。車が止まった。男が駆け寄ってくる。窓を開ける。


「おつかれさまです、ぶんちゃんおばさん」


四十代半ばの男性が明るい声と、愛嬌のある顔で迎えた。スーツにつけられた議員バッジを見なければ、彼が国会議員であるなど誰も思わないだろう。


男は小さな紙袋を掲げた。


「はい、これ、頼まれていたどら焼きです」


誰も頼んでなどいないお菓子をよこすと、男は――衆議院議員の藤川ふじかわは運転手に楽し気に声をかけた。


「おつかれさま。このおばちゃん、口うるさかったでしょ? え? そんなことない? そうだよねぇ、本人がここにいるのに文句は言えないよね。まあ、これでも、俺にとっては大切な人なので、このあともよろしく頼むね。というわけで、これ運転手さんの分のどら焼きなんだけれども……その前に運転手さんはどこにお住まい? いやぁ、もし俺の選挙区だったら買収になっちゃうでしょ? 東京? だったらだいじょうぶ――」


おしゃべりに運転手の意識を向けさせながら、藤川議員はそっと手を伸ばしてきた。メモを受け取りポケットにねじ込むと、およそ国会議員らしからぬ軽い男はおしゃべりを楽しげに切り上げ、車から一歩引いた。笑顔で手を振って見送る。


車は再び走り始めた。ミラーから議員の姿が消えたところで、運転手が口を開く。


「面白い方ですね。国会議員さん……ですか?」


「ええ。いつまでも軽い子でしてね」


ですが、悪い人ではなさそうですよね、という運転手の言葉に笑みだけを返すと、秘書は一つ息をついた。


ほどなく車が最終目的地に着く。料金の支払いを終えると、初老の女秘書は文部省の玄関前を素通りし、その裏手にある高層ビルに向かった。貸会議室のあるフロアへ向かう。


目的階にエレベーターが到着した。予約しておいた偽の会合の名を、受付で告げる。十人ほどが入ることのできる会議室に通された。


自身の端末を設置されている各モニターと接続する。念のため、隅に置かれていたホワイトボードを設置する。


一通りの用意を終えると、彼女は端末を取り出した。再び電話を入れる。


「用意ができました――はい、では後に藤川の坊ちゃんから報告をさせます」


電話を切り、端末の目覚まし時計をセットする。藤川議員からもらったどら焼きを一つ胃の中に収め、お茶を少し飲むと秘書は腰かけたまま靴を脱ぎ、空いている椅子に足を乗せた。


目をつむる。

わずかな休息のための眠りに秘書は落ちた。

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