[?日目 ??時??分・ゲーム内]

現在進行形で十六歳の少年であるか、またはかつてそうであった人にはよくわかると思うのだが、この年頃の男の子というのは、総じてアホな妄想に時間と脳を費やしている。


そのため、高橋圭太郎くんにとって『ゲームの世界に取り込まれたらいかがすべきであるか』ということは、ある意味、想定内の事態であった。


問題は、想定内の事態であっても、対応できるかどうかは別の話であるということ。


テロリストが学校を占拠した場合にどのようなヒーロー的行動をとるか、という脳内シミュレーションを繰り返している人が、身体能力の向上につながる訓練についてはまったく熱心でないのと同じ。


というわけで。


「これって……どう考えても、あのゲームの中だよね……」


という言葉から始まる現状認識を行った圭太郎君は、およそ考えつくほどの狼狽を行った後、肩で息をしたままその場に座り込んだ。


もうね、なんというかあれですよ。アニメとかラノベで、主人公が異世界に飛ばされたりしたときに「なにをうろたえているのか。さっさと行動しろよ」とか言っていた自分を殴ってやりたい気持ちですよ。


一つ息をつくと、圭太郎は指を空中に滑らせた。システム画面が開かれる。


通常なら、ここで各種情報を見ることができるのだが、現在は違う。


「『最優先重要情報です』かぁ」


トップ画面に位置するそれが表示され、そのほかの項目はロックされている。


「……これを開かないといけないのだろうけれども……うーん」


腕を組む。


いやね、わかってはいる。わかってはいるのですよ。


たぶん、いまはチュートリアルな段階で、この最優先重要情報とやらを見ることで、いろいろと今後の指針を得ることができるのであろう、というのは。


ただ、逆に言えば、これを開かなければ、少なくとも現状を維持することができるということになる。


もしかして、このままじっとしていれば、誰かが助けに来てくれるのではないか、という後ろ向きな考えが、指を伸ばすことを躊躇させる。


無言のまま圭太郎は立ち上がった。

一つ息を吐き、ラジオ体操を始める。


身体が覚えている動きを行い、意図的に頭から思考を抜く。ついでに表情も緩め、ただただ身体を動かし続ける。体操が終わった。そこからのごく自然な流れで、頭を空っぽにしたまま『最優先重要情報です』に手を伸ばし、そして――


「ぬぅぅぅ」


やはり直前で指が止まる。いや、そこはさっさと押せよ、僕、とは思うものの、身体は正直なもの。もうちょっといまのままでええやろう、という感じでそれ以上の動きを拒否する。


「さっさと、押してください」


「いや、そうは言っても、ほら、心の準備というやつが……」


あるわけですよ、と言った瞬間、圭太郎はとても大切なことに気付いた。いま、自分は話しかけられた。話しかけられたということは、つまり、話しかけた人物がいるということであり、つまりそれは――


振り向く。

女の子がいた。


この世界――少なくともあのゲームの世界観に合ったファンタジー系の衣装ではなく、SFとかスペースオペラとか呼ばれるような世界でよく採用されている合成繊維的な光沢のあるぴっちり系の服を着ている。


身長はやや小柄。顔立ちは整っているのだが、いまひとつ表情が読み取れない。


「こんにちは。リックさん――ああ、この名前を持つプレイヤーは複数いますので、確認情報を付加させていただきます。現在名は『リック』。改名前は『暗黒剣士リック・エル・ブレイド』さんでよろしいですか」


予想外の方向から鋭い一撃が飛んできた。


どのくらい鋭い一撃かというと、のぉぉおぉぉぉっっっ、という叫びと共に、圭太郎が顔を覆ってうずくまるくらい。


「申し訳ありません。もしかして間違えていましたか? それ以前の肩書として『暗闇の閃光』や『夜よりも深き闇』を使用されていたリックさんではないのでしょうか?」


「おねがいします。やめてください。靴を舐めますのでその呼び名はやめてください。普通に高橋、または圭太郎と呼んでください」


わかりました、と少女はうなずくと、近づいてきた。脚が軽く上がる。目の前に靴が差し出された。


「どうぞ」

「……本当に舐めろと申されるか」


思わず似非武士言葉になる。少女は首を傾げた。


「舐めることと、呼び方を変えることはワンセットではないのですか?」


「いや前半は勢いで言ってしまっただけで、流してもらえるとありがたいです。あと、呼び名を変えてもらいたい、というのは本心なのでぜひともお願いします」


「『高橋』と『圭太郎』の二つを提示されていますが、どちらがより好ましいですか?」


質問が返ってきた。


ちょっと悩んだ末に、まあ女の子に名前で呼ばれる機会なんてめったにないし、という下心で名前を選択する。


「あ、そうだ」


余計なことを思いつく場合だけ無駄に高性能になる口が、余計なことを付け加える。


「できれば、語尾にハートマークをつけるような感じで話して欲しいな『圭太郎♡』みたいな感じで」


「わかりました、圭太郎♡ こんな感じの呼びかけ方でよろしいですか、圭太郎♡ しかし、気づいているかもしれませんが、わたしはAIですよ、圭太郎♡ ユーザーホスピタリティに基づき、あなた自身の魅力ではなく、単にユーザーであるという立場に対して、好意的な反応をとっているだけなのですよ、圭太郎♡ とはいえ、気にしないでください、圭太郎♡ 単にわたしは現状を語っているだけなので、現実で満たされない諸々のことをわたしに好きなだけぶつけて、自己満足と変わらぬ精神的欲求不満の解消をしてください、圭太郎♡」


はっはっは、高性能なAIだなぁ、とわらうと、圭太郎は両膝を地につけた。そして大地に両手と額をこすりつける。


「調子に乗ってすいませんでした! おねがいですから、普通に呼んでください!」


「はい、わかりました、圭太郎」


口調が普通――正確には、普通よりもやや冷たいものになったが、そのほうが聞いていて落ち着く。


それではまじめな話を、と圭太郎は立ち上がり少女に向き合った。


「まずは君の名前を教えてくれるかな」


「あなた方からは『リズ』という名前で識別していただくよう設定されています」


「教えてくれてありがとう。よろしくね、リズさん」


そう言いながら自分の頭の中にあるゲーム関連の情報を検索する。該当する名前はない。自分が知らないだけなのか、それとも――


「本題に入るよ。君はどうして僕に話しかけてきたの?」


「わたしの役割は、このゲーム内に存在するプレイヤー――人間に対して、ログアウトのための条件を伝え、それを可能にするための助言を適宜行うことです。現在、このゲーム内には三人の人間がログインしており、そしてあなたたちの世界に帰ることができずにいます。まずは事情を説明するために、システムメニューの『最優先重要情報です』を開いてください」


圭太郎はもう一度システムを呼び出した。今度は躊躇しない。言われたページを開く。


ゲームの世界地図が空間に表示された。


視線を世界地図に向ける。地図上では地形や都市の表示の他に、三つの点が表示されている。


「現実世界に帰るための――すなわちログアウトするためには二つの方法があります。まず、三人に共通している条件は、そこに書いてある通り『破竜グリド』の討伐です」


新しい点が発生した。その位置に、圭太郎が首を傾げる。


「いまの点が『破竜はりゅうグリド』なの?」


はい、そうです、という答えを受けて改めて位置を確認する。


「プレイヤーの一人と点が重なっているように見えるんだけれども」


「現在戦闘が行われているようですね」


その言葉が終わると同時に、プレイヤーを示す点が消えた。


「……プレイヤーが消えたんだけれども」


「戦闘が終結しました。結果はプレイヤーの敗北です」


「……負けた人はどうなったの?」


リズが自分のこめかみに指をあてた。


情報を検索しているのだろうか。わずかな間をおいて口を開く。


「脱出イベントが発生するようです。それをクリアすることで、再びこのフィールドに戻り、改めて『破竜グリド』に挑戦することができます」


よかった、と胸をなでおろす。とりあえず、敗北がそのまま死につながるような、最悪の難易度ではなさそうだ。


「その『破竜グリド』なんだけれども……」


自分の経験、攻略サイトの情報を思い出しながら確認する。


「いわゆる『新型』なのかな?」


はい、とリズはうなずいた。


「『破竜グリド』についての詳細なデータはわたしに与えられていません。とりあえず『翼ある双頭獅子オルベス』を三体同時に相手するくらいだと思っていただければ――」


「いやいやいや! いやいやいやいや!」思わず話をさえぎる「え、本当に?」


「はい、本当です」


思わず頭をかかえる。あれ一体に対してさえ、六人パーティーを組んで返り討ちにされ、それならばとNPCの補助キャラを雇って挑んだものの届かず、最終的には三組のパーティーによる協力プレイでようやく討伐できたという思い出がある。


たった三人でいったいどうしろと。


「そういわれましても」


表情を変えぬまま、少女は首を傾げた。


「わたしが作ったわけではありませんので」


うん、そうだよね、と額に指を当てる。


とりあえず敗北が――すなわち、ゲーム内の死がそのまま自分の死亡につながることはなさそうなので、何度も挑戦するうちに攻略法を見つけることはできるだろう。


難易度設定を行った者がゲームバランスを考慮していれば、という前提での話だけれども。


「さて、もう一つのログアウトですが、スキルページを開いてください」


「ん?」


空中にシステム画面を表示させた。ほとんどの項目が解除されている。言われた通り、所持スキルのページを開く。開くと同時に見慣れない言葉が目に入る。


「……なにこれ?」


「『固有特殊』という項目が追加されていますね。そこを開くと――」


『ログアウト』という文字が表示さる。


「厳正なる抽選の結果、あなたには特別なスキルが与えられました。『ログアウト』は自分および他者をログアウトさせることができます。なお、スキルの連続使用はできないのでご注意ください。一度使用すると、次の使用は一〇分後になります」


「連続使用に制限があるのはおいといて……つまり、僕が他の二人と合流してログアウトさせた後、自分に対して使用すれば、それでこのゲームから脱出できるってこと?」


はい、と少女はうなずいた。


なんだか難易度が一気に下がったような気がする。


「他の二人は、この情報を知っているの?」


「わたしが知る範囲では、わたし以外のナビゲーターは存在しません。まず、最重要スキルを所有するあなたに伝えた後、他のお二人に同様の内容をお伝えするつもりでしたが……」


圭太郎とリズは同時に地図へと視線を向けた。『破竜グリド』と重なっていたプレイヤーの反応は復活していない。


「……いまのところ、一人消えたままなんだけれども」


「申し上げた通り、あのプレイヤーは敗北により脱出イベントに移行しました。このイベントはわたしの管理外のため、現在位置を把握することができません。他のNPCが情報を持っている可能性はありますが、その辺りは一切不明です」


「……そうすると、まずはもう一人と合流かぁ。その人の場所はわかるから、長距離移動スキルを……うわっ」


それが封じられているのを見て、続く言葉を変更する。


「リズさんは先行して移動することができる?」


可能です、という返答を受け、もう一度地図を見る。『破竜グリド』が移動を再開している。距離的にかなり離れているが、できる限り早めに合流をしておきたい。


「他にも聞きたいことはいろいろあるけれども、まずはもう一人のプレイヤーとの合流を優先したいな。無事な人のところへ先行してもらって、事情を説明したうえで、僕と合流するために……」


もう一人のプレイヤーとの間にある街を指さす。


「この『鉄鋼浮遊都市アオ』に向かってもらえる? 到着は向こうの方が早いと思から、しばらく待たせることになると思うけれども……僕が到着するまでの間、君がそばについて一緒に情報収集をしておいてもらえるかな?」


「了解しました」


「よろしく――」


おねがいします、という言葉よりも早くリズの姿は消えた。なんだろう、その、仕事が早いのはいいことだと思うのだけれども、もう少しこう、余韻というものが、うん。


「……いろいろと訊きそびれたなぁ」


僕たちは本当にゲームの中にいるのか。どのような理由があって閉じ込められたのか。リズという少女が自分たちを助けてくれるように設定したのは誰なのか。


不意打ち気味の出会いと、なし崩しにはじまった会話のため、最も大切な部分は謎のままだ。この辺り、次に会ったときに訊かないとな、と頭をかくと、圭太郎は装備を変更した。


飾り気のないローブと、装飾性のない銃剣。


どちらも性能はかなり高い。


高いのだが、デザイン性というものがまったくない。とあるイベントのランキング上位者への報償品であるのだが、発表されたときにプレイヤーのほとんどが苦笑しただけで参加せず、結果、手に入れた人ですら「持ってはいるが装備はしない」こととなった伝説の逸品である。


いや、性能はいいんですよ。性能は。


「まずは無事なプレイヤーと合流。そして、その後は……」


格好良く『破竜グリド』とやらを倒したいところだけれども、先ほどの解説を聞く限り、勝てる可能性はゼロに等しい。


うん、討伐はしない方向でどうにかしよう、と臆病ながらも堅実な決意を固めると、圭太郎は自分が進める方向を見つめた。


この先にあるのは、既知にして未知の冒険。


よし、とこぶしを握ったところで、ふと思い出し、システムを確認する。『拠点オートセーブ』の画面を開く。


現在位置が登録されていた。つまり、旅の途中で倒れれば――もうちょっと俗な言い方をすると、モンスターに殺されれば、ここに戻ることになる。


ゲームと同じであれば。


上を見る。木々は高く、風は音を作り、生命にあふれる匂いがある。靴越しに感じる土の感触。すべてが現実としか思えない。


少なくとも『やられたら拠点からやりなおせるから、へーき、へーき』という軽い気持ちで戦闘を行う気にはなれない。


慎重にいかないと、と自分に気合を一つ入れると、圭太郎は足を踏み出した。



十五分後。


不意打ちをあっさりとくらった圭太郎くんは、さきほどと同じ場所で目を覚ました。起き上がり、やはりそうか、と腕を組む。


「やられると、同じところにもどるのか」


時間を確認する。復活までのタイムロスはない。やられるとすぐにセーブしてあった拠点に戻されるらしい。


仕方がない、ここからやりなおすか、とシステムを閉じようとしたところで、圭太郎は一つの事実に気付いた。


「……え?」


システムに表示された時間――正確には、現実世界の日時。


圭太郎が目覚める前にあった最後の記憶は学校の教室である。システムに表示されている日時は、その教室にいた日付から二日後の日付が表示されていた。

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