[一日目 16時08分・現実世界]


一説によると、女の子が最もかわいい表情をうかべるのは、好きな人について話しているときだという。


というわけで。


最高の可愛さと共に同級生の男子について語り続ける宮内みやうち詩乃しのの向かいで、高橋たかはし家の圭太郎けいたろうくんは内面を押し殺したものすごく複雑な笑みを浮かべていた。


などと書くと。


『うん、あれか、わかるぞ、高橋圭太郎くんが好きなのは、目の前の宮内詩乃という女の子で、でもその宮内詩乃が好きなのは別の男の子なんだな。なるほど、片思いの相手から、別の男への恋心を延々と聞かされているんだ。うんうん、わかるよ、それはつらいよね。でも、その痛みはいずれ君にとって大きな宝となるんだよ』


というようにすべてをわかったような顔でうなずく人もいるかもしれないが、まさにその通りなので、少し落ち着いてください。


放課後の教室。向かい合う少年と少女。


少年の想いは目の前にいる少女に向けられ、少女の想いはここにはいない別の少年に向けられている。


第三者からみれば、青春だねぇ、という一言で済ませられるのだが、当事者である圭太郎くんにとっては、苦悩の上に苦痛を掛け合わせたような状況である。


どのくらい苦しいのかというと、昨晩、


『恋は甘く、苦く、そして痛い。この迷宮からどうやって抜け出すことができるのだろうか。抜け出した先になにがあるというのだろうか。Hello World. Hello Myself』


などといういい感じにアレな文章を、携帯端末から世界へ向けて発信してしまいそうになったくらい。


思いとどまることができたのは幸運としかいいようがない。


一方、恋する乙女にして、向かい合う少年に対して残酷なまでに無自覚な宮内詩乃さんは、上目遣いで圭太郎を見つめた。これがまた絶妙に可愛らしく、圭太郎君の恋心が無駄に加速する。


「ありがとう、高橋。いつもこんなどうでもいい話を聞いてくれて」


「いやいや」


どうでもいい話ならどれだけ楽だったことか、という言葉は飲み込んでぎこちない笑みを浮かべる。


「気にしないでよ。友達でしょ、僕たちは」

「うん、そうだね」


もしかしたら友達という関係性を否定してくれるのではないだろうかという少年の甘すぎる期待を一言で切り捨てると宮内詩乃は信頼に満ちた笑みを浮かべた。


「本当にありがとう、高橋」


その表情に思わず見とれてしまう。


見とれると同時に、目の前の少女が一番良い顔をするのは自分について話すときではない、という自覚が襲ってくる。


正直、かなりしんどい。


とはいえ、いま圭太郎が感じている苦悩というものは、好きな女の子の片思いの聞き役になるという自分自身のアホな選択に起因するものである。


つまり、距離さえ置けば当面の苦痛からはあっさりと解放されるはずなのだが、残念ながら男子高校生というのはそんなに賢い存在ではない。


かくして、自分のアホな行動によりアホのように苦悩が拡大するという、アホな高校生のアホな見本のような圭太郎くんの青春時間はさらに一時間ほど続いた。


そして。


「――そろそろ、あいつの部活、終わるんじゃないかな?」


あ、という短い声とともに宮内詩乃の頬が赤く染まった。そろそろだよね、と言いながら前髪をいじる。


「だいじょうぶ。可愛いよ」


圭太郎は彼女が机に置いた通信端末に目をやった。胸の痛みを伴う言葉で少女を促す。


「ちょっと昇降口で時間つぶしにゲームをしていたら、偶然にも下校時刻が一緒になった――同じ学校に通っているんだ。よくある話だよ」


「……うん」


宮内詩乃は立ち上がった。カバンをとる手が少し震えている。


かわいいな、と思う。

好きだな、と思う。


圭太郎はなにもいわずに右手の親指を立てた。笑みだけを添える。宮内詩乃も同じ仕草を返す。


教室を出る直前で少女は振り返った。


「少し早いけれどもいくね。そうだ――高橋、ありがとう、面白いゲームをおしえてくれて」


詩乃は手にした通信端末を見せた。


「いま、時間があるときはスキル上げをしているんだ。また、一緒にパーティーを組もうね」


「うん」


ただの通信端末越しの遊びの誘い。にもかかわらず、心の中が沸き立つ。ここが教室でなければ踊りだしそうになるくらいに。


「……本当に僕はバカだよなぁ」


百人が聞いたら百人が同意しそうな独り言とともに、高橋圭太郎くんは机に突っ伏した。あー、うー、と意味のないうめき声と共に足をぶらつかせる。


皆なにかしらの用事があるのか、教室には他の生徒の姿はない。校庭の方から運動部が活動する音が聞こえてくる。


なんというか、いろいろと眩しい。


いかんいかん、このままでは落ちていく一方だ。


圭太郎くんは顔を上げると、自分の通信端末を取り出した。眼鏡型の簡易ディスプレイを掛ける。


端末の中にあるゲームアプリを起動。同時に眼鏡にゲームの画面が表示された。簡易VRの中に視線が誘導される。ゲームが始まった。


『人類が経験したことのない新たな世界へ』というのがこのゲームのキャッチコピーだが、実際のところはどうなのかというと、うん、まあ、そうだよね、実際にそんなゲームだったら、大仰な言葉で煽ってユーザーを集めないよね、という感じ。


平たく言うと、よくある剣と魔法の世界ものである。


『ここには一つの世界がある』というのが売り文句のオープンワールド系のゲームなのだが、当初は町と町の間の距離にいらんリアリティが適応されて移動がひたすらしんどかったり、敵モンスターが理不尽な強さであったりと、かなりのダメ要素にあふれたゲームであった。


さすがにバージョンアップにより改良はされたのだが、ユーザーからの評価が「三〇点が、三一点になった」というあたりに現状を察することができる。


なお、ゲームの内容そのものについても、ダンジョンやフィールドで出てくるモンスターと戦い、そこで得たものを持ち帰り、換金したり、素材として利用することで装備を整えていくというシステムである。


プレイした感想としては『このシステムって有名なアレと同じでは……』というもので、最も賑わったのがサービス開始時で、以降、プレイ人口は右肩下がり。


現在、遊んでいるのは「他のプレイヤーに会うことがほとんどないので、のんびりできる」「いまさら別のゲームを始めるのも面倒」という感じの人ばかり。


圭太郎にしても、片想いの相手がやってくれているからこそ続けているわけで、そうでなければとっくに放置している。


メニューからステータスを確認する。


好きな女の子に格好良いところを見せたい。


などという、高校二年生としてはある意味正当すぎる理由により、ほとんどのスキルが使用可能で、レベルもマックス。各能力値も限界まで上がっていて、サービスが停止した日には『僕はいったいなにをしていたんだろう』となることは間違いないだけの時間を費やした結果が、見事に反映されている。


圭太郎のキャラは褐色の肌に、背が高めの設定。顔立ちは、彫りが深く精悍そのもの。下半身のズボンはゆるやかだが、上半身は薄手のぴっちぴっちの服で筋肉をアピールしている。


ちなみに、プレイヤーである圭太郎君は、のんびり系で、身長は何とか平均的という範囲に収まる程度。


ああ、なるほど、そういうことね、と全てを理解したような目をする人もいるかもしれないが、その通りなので、そっとしておいてあげてください。


ともあれ。


ログインし、気を紛らわすために手ごろなクエストでもこなすかな――というのが17時08分32秒の圭太郎くんの姿であった。



17時09分03秒に、眼鏡型のヘッドセットに搭載された眼球運動感知機能が、異常を感知した。


内容は装着者の瞳が一切動いてない時間が30秒以上継続したことによるもの。


連動している端末に振動機能の開始を命令。即座に、彼が手にした端末が震えるものの、眼球運動は停止したままである。



17時09分33秒に自動的に警報音が発せられた。同時に簡易脳波測定が行われ、β波が――つまり、彼が睡眠状態ではないことが確認された。


覚醒状態にあるにもかかわらず眼球運動が停止しているという二つの状態が同時に確認されたことから、端末から自動的に緊急信号が発せられた。


災害救急情報センターに端末から状況と位置情報が届けられる。直ちに救急車が手配された。


災害救急情報センターには、救助隊が到着するまで、端末を通じて呼びかけを続けたが、反応が一切なかったことが記録として残されている。



17時11分48秒。

まぶたが閉じたことにより、眼球運動の追跡ができなくなったことが端末に記録される。


所持者緊急事態であるため、この情報もセンターに共有されている。



17時28分58秒。

高橋圭太郎のために手配された救急車が学校に到着した。


そして、それに続く形でもう一台の救急車が到着する。



この日、都立ひかりはら高等学校からほぼ同時刻に二人の生徒が、搬送されたことが記録されている。


一人は、高橋圭太郎。

もう一人は、宮内詩乃。


共に意識不明の状態であり、同様の状況下であったことから、当然ながら二人は同じ病院に搬送された。


そしてほぼ同時刻、近隣の区立中学校から一人の少女が搬送された。


以上が「ザ・ゲーム・ショー」と後に名付けられることになる事件の始まりである。

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