ショートショート『お薬の時間ですよ』
「お薬の時間ですよ」
ちっ、またか、まったく薬だけで腹がいっぱいになっちまうよ。
先生に言わせると俺はなんとかって病気のステージ4だか5だからしく、もう治療のしようがないらしいじゃねぇか。今飲んでる薬だって気休め程度きしかならねえらしい。どうしたってもって半年だとよ。それを聞いた途端、うちのやつが診察室でワッと泣きだしやがった。
まったく可愛いところもあるじゃねぇか、と思ったね。
思い返したらあいつには女らしい幸せってのは全然だったな。
浮気、暴力、酒癖の悪さ、この30年間、あいつには苦労させっぱなしだった。結婚記念日、あいつの誕生日、思い返せば、一緒に祝ったことは1度たりともなかった。あいつは家で、俺は愛人の家に行って1ヶ月帰らなかったこともあったな。
愛してねぇわけじゃねえ、俺が好きになった女だ。ただなんか恥ずかしくてなあ、まったく自分の性分が嫌になるよ。
結局最後まで俺から離れないでいてくれたのはこいつだけだった。
そうだ、先生は後半年て言ったが、俺からしたらまだ半年あるじゃねえか。
これからはやつにもうちょっと感謝とかを述べてみるか。旅行にも行こう。幸い仕事人間だったからな、金はある。あいつがいつか行きたいて言ってたイタリアにも行こう。
こんな俺に最後まで尽くしてくれた女だ、受けた恩にはまだまだ返し足りねぇが、この半年、最後まで
足掻いてみようじゃねぇか。
「お薬の時間ですよ」
おう、分かってるよ俺はまだまだ死ぬわけにゃいかねぇからな、薬でもなんでも持って来いってんだ。
そういや、こいつ最近やけに笑顔が増えたな、今だってニコニコして俺を見やがる、まぁ女は笑ってるのが1番だからな。
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