田中文学部の短いおはなし

田中文学部

ショートショート『初恋』

最近私には悩みがある。

それはストーカー問題である。


ここ1週間仕事からの帰宅途中背後に誰かしらの気配を感じる。その気配は自宅に到着するまで消えることは無い。


「全くこんなおじさんをストーカーするなんて変わった奴もいたものだ。」


そうボヤきながらも、こんな冴えない私にストーカーがいるという事実に、正直少しの興奮と喜びを感じている。


年齢=彼女いない歴となってしまった私にとって、誰かから好意を寄せられているという現状には感謝しかない。


「ん?待てよ?ストーカーは私に好意をもっている、私もストーカーに対し興味がある。これはもしかして・・・。」


人生初めての彼女がてきるかもしれない、


という言葉が脳裏によぎった。しかしそもそもストーカーは女性なのか、好意をもってストーキング行為をしているのか。そのような疑問点は一切考えないおじさん特有の都合の良い事だけを考える回路にスイッチが入った。


私は思い切って後ろを振り向く。


「あ、あの!」


暗闇の中で全身はよく見えなかったが、いきなり振り返った私に驚き、慌てて電柱の後ろに隠れようととする女性の姿がそこにはあった。


しかも美人だ!!


私は心の中でガッツポーズをとり、言葉を続けた。


「あ、あの、もしよろしければ一緒に歩きませんか?夜道は女性1人だと危険でしょうし・・・、それに私は貴方と少しだけでもお話がしたいんです。」


私の言葉に彼女は少し驚いたような、困ったような、恥ずかしいような表情を見せた。


気が早かったか?失敗の2文字が頭に浮かぶ。


しかし、彼女の口から零れたのは、


「いいんですか?」


私は歓喜に震えた。佐藤輝彦45年目にして遂に春到来である!


「もちろん!ささ、そんな暗いところにいないでこっちに来てください。」


私の言葉に軽く頷いた彼女は電柱の陰からゆっくりと出てきた。暗くて見えなかった全身も徐々に現れ・・・???


電柱の陰から現れた彼女の姿はモデルや女優と見紛う程のプロポーションであった。しかし、私はそんなものよりも彼女が右手に持っていた物に目を引かれた。それは、とても、とても大きい、


鋏であった。


「あ、あの、その鋏は?」


思わず彼女に問いかける。


「はい?ああこれですか?私好きな物は手元に置いておきたいんです。」


答えになっていない。


「私高校時代の初恋の人が忘れられなくて、自分でも知らず知らずのうちに彼の面影を追いかけていたんです。」


答えになっていない。


「そんな時貴方を偶然見つけたんです。」


???


「衝撃でした。貴方彼そっくりなんだもん。だって貴方には彼と同じ、目や耳や口が、爪が、歯が、髪の毛があるんですもの。」


次第に早口になり鋏を鳴らす彼女を見て、私は思った。


初恋は人を狂わせる。






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