39 私の庭
「まただわ、またやられてる……」
私は怒りを通り越して情けなさでため息をつく。
私の庭に、誰かが嫌がらせをしてくるのだ。
いつぐらいからだろう、そんなことをされるようになったのは。
最初のうちはなぜこんなことをされてるのかな、と思うぐらい、すぐに片付けて終われるぐらいのことだったので、不愉快には思ってもさっとどけてしまえばそれで済んでいた。
それがどんどんひどくなり、ある時などは通り道に針金のような物を置かれたり、時には石やブロックの欠片を置かれたりするようになってきた。そうそう、歩く邪魔をするように鉢を移動されていたこともあったわ。
そして今は臭い物をまかれるのだ。
一体何をまいているのか、臭くて臭くて鼻が曲がりそうになり、その臭いの元を探すのだが、液体か何からしく、見つけて撤去することもできない。
一度それをまかれたらしばらくは庭に入ることもできない。泣く泣くその場から立ち去ることしかできない。そのぐらい臭いのだ。
「もしかしたらあの子たちが?」
そう思う相手はいる。
今までに何度か揉めたことがある相手だ。
だけどあの子たちも同じことをされているらしく、誰の仕業だろうと話をしているのを通りすがりに聞いたことがある。
あちらはあちらで私のことを疑っているようで、一度など、
「あんたの仕業?」
と直接聞かれたことがあるのだが、私は私で、
「そっちこそ変な嫌がらせはやめてよね」
と、こちらも疑っていることを告げて以来、それ以上そのことに触れることはなくなった。
だけど本当のところ、あの子たちではないような気はしている。
あそこまで自分たちでも嫌がっているものを、わざわざ苦しみながら私の庭にまくことはしないでしょう。
お互いに嫌い合ってはいるが、そこまで苦労してまでそういうことをしてやろうと思うほどの気持ちにはなれない。そこまで手間暇かけてまで相手をしたくない。しょせんその程度の相手だ。
では誰の仕業なのかと考えると、それ以上のことは思いつかない。
何をしても消えない臭いなので、雨が降ったり風が吹いたりして自然に薄れるのを待つしかない。
「本当に一体誰がこんなことを」
あ、情けなくて涙が出てきた。
今度この庭に入れるようになるのはいつのことなのかしら……
ある雨の翌日、その家の若い妻は庭に入ると顔を
「まただわ、またやられてる……」
そう言ってため息をついた。
「なんだ、またやられてるのか」
「そうなの、本当に嫌になるわ。本当に臭いの」
「あれからまた日にちが経ってるからね」
「昨日雨も降ったし、またまいておかないといけないわね」
若い妻はそう言って金ばさみとちりとりを手にしたが、
「あ、今日は僕やるよ」
やはりまだ若い夫がそう言って妻の手からその2つを受け取った。
「ありがとう。もうね、臭いのよ」
夫は
さっき妻が見てきた場所に行くと、
「本当だな、すごく臭う」
そう言って妻と同じように顔を顰めた。
「そうでしょ? もうね、見えなくてもすぐ分かるの臭いで」
「あんな小さい体なのになあ」
夫はそう言って植え込みの影にあった「モノ」を金ばさみで掴み、ちりとりの上に乗せた。
「取ってるだけでも臭うなあ」
「そうでしょ?」
いつも夫がいない時には妻がこの作業をしている。
すぐにやっておかないと、臭いが染み付いて取れなくなるからだ。
夫はちりとりに取った「モノ」を新聞紙で包み、さらにビニール袋で何重にも包んだ。
そうしておいてそれを玄関脇のゴミを入れるバケツに入れた。
「消臭剤もまいておかないとな」
ゴミバケツの中、周囲、それからさっきの場所、そのあたりに専用の消臭剤を振りかける。
「それからこれも忘れないでね」
「うん」
妻から渡された液体の入ったプラスチックのボトルを持ち、さっきの場所から周囲にたっぷりとまいて回った。
「そうやってもね、何回か雨が降って時間が経つと元の木阿弥なのよ」
「まったく腹が立つな」
「ええ。おかげで花が枯れちゃうし、それになにより汚くて」
妻はこれまでに枯れてしまったいくつかの花を思い出し、うっすらと涙ぐんだ。
「通り道に針金を置いてみたり、石を置いてみたりしたけどそれもどけちゃうのよね」
「結構力が強いんだな」
「ええ。でもこれをまいたらしばらくは来ないの」
「効果は二ヶ月って書いてあるから、忘れないようにそれより早くまいておくぐらいしか手がないか」
「ええ。それにね、土の上に鉢を置いても、風で寄せられた砂の集まった上とか、飛んできた草の上とか、本当にちょっとでも隙があったらやられるのよね」
「本当に飼い主はどうしてるんだろうな」
夫婦揃って怒りを感じる。
「猫は嫌いじゃないのよ? でもね、よその庭に入ってそこかしこにフンをしてまわる、しつけがなってない猫は大嫌いよ」
「夜中の内だからなあ、どこの猫かも分からないし」
「ええ、何匹もいるみたい」
猫にフンをされない安心な庭のためには、これからもずっとこの戦いが必要なのかと、夫婦揃ってげんなりとため息をついた。
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