38 絶滅危惧種
離婚をした。
原因は見解の不一致というところ。円満離婚なのでその後も元夫とは友人として良好な関係を続けていたのだが、今回元夫が再婚することになった。
そうなるとさすがに今までみたいに頻繁に会うというわけにはいかない。
それがなんだかとても心さびしく、こんな時に誰もがよくやるように旅に出た。
行き先はのんびりしたいなか町。特に観光地とかではない。
なぜそこを選んだかというと、もう今は両親もいない、私が幼い頃に育った町と似ていたからだ。
特急列車から鈍行列車に乗り継ぎ、とことこと移動する。
窓から見える風景が少しずつ変わっていき、半日ほどをかけて目的の駅に着いた。
「うわあ、懐かしい」
幼い日、確かに私はこんな町、いや、村と言った方がいい場所に住んでいた。
どこまでも続く緑の畑、合間に点在する人家、そこここにこんもりと盛り上がった森。
幼い日の記憶がうっすらと蘇る。
予約を入れてある宿までは送迎もあるのだが、風景を楽しむためにあえて歩いて行くことにした。
やんわりと蛇行した川沿いの土手に添ってゆっくりと歩く。
時々とんびのような鳥が川にバシャリと飛び込むのは、魚か何かを狙っているのだろうか。
しばらく行くと土手の下に広場のような場所が見えてきた。
キャッチボールをしている親子らしき男性と子供。
犬にボールを投げては取ってこさせる女性。
ベンチに腰掛けて話をしている若いカップル。
色んな人がその広場にはいた。
私も土手を降り、空いているベンチの一つに腰かけた。
来る人去る人をのんびり見ていると、杖をついたおじいさんと、片方の手をつないでいる小学校2、3年ぐらいの孫らしき男の子が広場に歩いてきた。
おじいさんの腰が曲がっているせいで同じ高さになった視線を合わせながら、楽しそうに話をしている。
いい風景だなあと見ていると、
「あ!」
おじいさんが足元の石につまづいて転んでしまった!
子供がおじいさんに手を貸し、おじいさんが杖をつきながらゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫? 歩ける?」
「大丈夫、歩けるよ」
おじいさんはそう言って歩こうとするのだが、どこか打ったのだろうか、ひょろひょろと頼りなく杖に体重を預けるだけで、前に進めそうにない。
どうしよう、誰か呼んだ方がいいのだろうか。
「歩けそう?」
「う~ん、どうかなあ」
おじいさんはなんとか歩こうとするのだが無理みたいだ。
「だめみたいだなあ」
「そうなの?」
男の子は少し考えていたが、
「じゃあおんぶだ」
そう言った。
えっ、あんな小さな子がおじいさんとはいえ大人をおんぶできるの?
私は驚いたが、次の瞬間、目の前で信じられない光景が繰り広げられた。
「よいしょっと」
おじいさんが腰をきっちり90度に固定すると、その背中に男の子がまたがった。
そしておじいさんの腰から2本の筒のような物が出てくると、そこからジェットを噴射してあっという間に飛んでいってしまったのだ。
「な、な、な、なに!!!!!」
私は思わず腰を抜かしてしまった。
なんだったのだ、今のは!
「ははあ、初めてご覧になったんですね」
隣のベンチに座っていたグレイヘアの紳士がそう言って笑った。
「あ、あの、あの、今のは」
「ああ、レンタルおじいさんですよ」
「え、レンタル?」
「ええ、今じゃおじいさんは絶滅危惧種ですからね、子供は本物のおじいさんというものを見る機会がない。なのでああしてレンタルで貸し出してくれるんですよ、アンドロイドを」
なんと、あの完璧な人間にしか見えなかったおじいさんはアンドロイドなのだ!
「医学と科学が進歩して、今ではみんないくつになっても若いですからねえ」
確かにそうだ。
ここに来たノスタルジーですっかり忘れてしまっていたが、今じゃ人間の限界寿命と言われる126歳まで、自分が望む年齢の外見で過ごせるようになっている。
歌って踊るアイドルだって、年を聞いたら90歳、なんてことも珍しくない。
「それに子供だって」
紳士の言葉の後は言われなくてもよく分かった。
もうすぐクローンが正式に世界で認められる。自分の記憶をそれに移せば不老不死と言っていい命を人間は得られるようになるのだ。
多分これからはみんなあまり子供を作らなくなるだろう。実は離婚の原因もそれだった。元夫は子供を望んだが、私はそうではなかったので、それなら他の人と作った方がよかろうと離婚することになった。
思わぬ事故などがない限り、120年もの青春を謳歌できる人生、子供を作るにしてもかなり後でいいと私は思ったのだ。
「おいくつです?」
「62になります」
「ではまだ8年ありますね」
「ええ」
医学的科学的にいくつまででも出産は可能だが、あまりに高齢になってからでは問題も多かろうと、今のところ法律で出産は70歳までと決められている。もっとも、クローン法が成立したらもう少し長くなるか撤廃されるだろうとの話だが。
「世界がどう変わろうと、残さなければならない物もありますしね」
そう、この町はその目的で作られた町。
だから私もここを選んだのだ。奇跡的に進歩した数十年の間に100歳を超える両親も都会に移住をし、今はもうない、絶滅した故郷に似た風景を懐かしむために。
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