そいつは伝書鳩じゃねぇ!


 それは目的の街へ向けて、街道を旅している最中だった。


――バサバサッ


 聞こえた羽音に見上げると、鳥が急降下してくるところだった。

 腕を差し出すと、伝書ばとが止まった。

 その脚環には王家の紋章が刻まれている。


「主人公さん、その伝書鳩……」

「だろうな……」


 鳩が背負う小さな袋を探ると、丸められた小さな羊皮紙が。しかもご丁寧に指輪印章で封蝋まで刻まれている。

 略式ながら国王からの正式命令、というわけだ。


 内容をざっと確かめると、やはり次の命令だった。


「実行するのは構わないんだが……問題は終わった後なんだよ。報告が面倒なんだからな……会って口頭で、ってわけにもいかないし」

「ここからだと王都まで、10日はかかりますからね……」

「まぁ、次の街なら、王都まで飛ぶ伝書鳩を飼ってるだろ」


………………

…………

……

 

 実際に作品内でありそうなシチュエーションっぽい感じで文章作ってみたが、読んでご納得いただけれるだろうか。


 さて。通信手段、それも史実にもとづいた作品は当然、魔法のような超自然的手段でも発達していない世界では最速の伝達として扱われる、伝書鳩。

 実際作品では、ギルドとか教会とかの、謎の通信手段で主人公到着前に連絡していることが多いので、登場は稀な設定だが。

 登場する場合、前述のような、ありえない間違いが書かれていることがある。



 ○ ○ ○ ○ ○ ○


■『帰巣本能』の意味わかってる?■


 まず、伝書鳩とは?


 カワラバト(ドバト)などの鳩を飼い馴らし鳩の磁覚を使ったそう本能を利用して遠隔地から鳩にメッセージを持たせて届けさせる通信手段の一種、あるいはその媒介として使われる鳩。(Wikipedliaより)



 そう。伝書鳩が特定の場所へ飛ぶ原理は『帰巣本能』だ。

 はなって家に帰らせる際、『これもついでに持って帰って』と手紙を押し付けているだけ。


 外出先の特定人物へ向けて伝書鳩が来るなら、その人物は伝書鳩にとってきゅうしゃ――家ということになるのだが?

 いつも頭に鳥の巣とハト乗せて出歩いてるのか?


 仮に、道行く人々に笑われる姿で旅をしていたとしても、旅先で受け取るシチュエーションは無理がある。


 お前のハト、いつ発送先に預けた?



 ○ ○ ○ ○ ○ ○


■伝書鳩で定期連絡……不可能ではないんだけどね?■


 しかも……『他人の伝書鳩を借りられない』と言いきってしまうと語弊あるが、他人の伝書鳩を借りて、自分が希望する届け先に連絡するのは無理がある。

 前述の例で言うと、『次の街』で飼われている伝書鳩であれば、連絡のためにほうきゅうしたら、行き着く先は『次の街』だ。王都へは行かない。

 だって伝書鳩は帰巣本能で手紙を運ぶのだから。行きつく先は住処すみかにしている鳩舎だ。違う場所に行くとしたら途中休憩か迷子だ。


 都市間で定期的に伝書鳩を行き交いさせている、なんて設定があるなら、それに便乗して無関係な人間が連絡を送ることもできるが、比較的近距離でないと考えにくい。


 伝書鳩の概略説明を見ると『1000km先から帰ってくる』みたいなことが書かれている。その記載は間違いではないのだが、通信手段としての実用範囲内だと200km以内と思ったほうがいい。1000kmという数字は大量の迷子バトを出しながら、数少ないハトが作り上げたものだ。(なので伝書鳩が出てくる作品でよく見られる、1羽だけに手紙を託す描写もどうかと思うが、ここでは触れない)


 で。都市間で伝書鳩による定期連絡を行なってるとすると、手紙を運ぶ際にはハトが自力で飛んでくるが、その前に人間が鳥カゴぶら提げて歩き、いつでも手紙を送れるようハトを発送先に置いておかないとならない。


 人間が都市間を行き交ってるなら、ハト必要? そいつに手紙持たせればよくね? というのが一番の疑問だが……

 まぁ、スピードを要することもあるだろうから、そこは目をつぶろう。


 仮に都市間が200km離れているとして、毎日伝書鳩をやりとりする連絡網を作るとしよう。

 人間が一日に歩けるの距離を40kmとすれば、200kmは5日かかる。徒歩で伝書鳩を発送先に預けようとすると、1日目に最初の旅人とハトが40キロ地点、2日目には80kmと40km地点にハトと旅人のペアが、3日目には120km地点・80km地点・40km……と順繰りで進む。

 で。5日目で発送先の都市にハトを預けた旅人は、6日目に引き返し、また5日かけて元の都市に戻り、11日目に再び伝書鳩と一緒に旅に出るというサイクル。

 自動車が存在する世界なら1日で行けるから問題ないが、徒歩しかない世界で200kmの都市間定期連絡をするなら、最低でも6羽の伝書鳩と10人の人間が必要なのだ。

 実用的とは言いがたいから、ここまでするかぁ? と思ってしまう。せいぜい1日で行ける範囲、40km圏内が定期連絡できる限界だろう。


 往復鳩って手段もないことはないけど、20km圏と思ったほうがいいだろうしなぁ……



 ○ ○ ○ ○ ○ ○


■これもデジタル社会の影響?■


 Z世代、生まれた時には既にデジタル機器が家庭にあったデジタル・ネイティブ世代ではなくても、いま存命の方の大半は生まれる前から家に電話機があっただろう。

 だからフィクションでの伝書鳩の使われ方を見るに、『通信』に語弊というか、根本的な認識の違いがあるように思う。部分的だが伝書鳩を、スマホや携帯電話のように持ち運びできる通信デバイスと同義に考えている節を感じるのだ。


 まず、伝書鳩は基本、単方向通信だ。

 手紙やハガキの郵送と同じで、一方的にしらせを送るだけ。相手方に届いたかどうか確認できないし、返信を受け取るのに時間がかかる。


 そして、伝書鳩を通信手段として使う場合、基準となるのはハトではなく鳩舎だ。

 これまた手紙やハガキと同じだ。送られてくる郵便物は家のポストに届く。住民全員が顔見知りみたいな田舎でない限り、すれ違った郵便配達員から手渡されることなどない。



 『フィクションなんだからいーじゃん』『物語の世界なんだから、そういうハトもいるんだよ』と反論する意見もあるだろう。

 

 だが、そいつはハトじゃない。

 物語の中で『ハト』って明言したら、そいつは現実に存在するハト目・ハト科の鳥と同じでなければならない。見た目は現実のハトと同じだけど中身は違うなら、作品内でキチンと説明しないとならない。

 レストランで注文と全く違う料理が出てきたら、単なるオーダーミスだ。なのに『同じです』とか言い張られたら『ちょっと待て』になるでしょ?


 ハトと言いながら生態は現実のハトとは異なるなら、『伝書くるっぽー』とか架空の存在に変えてくんない?


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