投げナイフは真っ直ぐ飛ばないよ?


「――!」


 ほとんど直観だった。

 闇の中、なにかがはしり来る気配に体をひねると、かたわらを駆け抜けた。


――カカッ!


 黒く染められたナイフが背後の立ち木に付き立った。

 このナイフ、暗殺ギルド『謎多きコエンドロの狂信者』の……!


………………

…………

……


 これは映像的な問題であって、小説でそこまで詳細に描写されることはほぼありえないのだが……



 ○ ○ ○ ○ ○ ○


■大抵の人は投げナイフを勘違いしている■


 『投げナイフ』というと、ダーツのように切っ先を向けたナイフが、真っすぐ標的に飛来する様を思い浮かべるだろう。

 完全な間違いとも言い切れないが、ほとんどの場合は間違えていると言っていい。



 実際に試してみればわかる。ペンでも箸でもいいから棒状の物体を、端を持って放り投げてみてほしい。

 ダーツのように押し出さない限り、棒は回転しながら飛ぶ。

 この回転運動を押さえるのは、野球のナックルボールのようにかなり特殊な技術で、しかもスピードを削ぐことになるので、武器だと殺傷能力も削ぐため意味がない。


 もっと手っ取り早く、動画で『ナイフ投げ』『スローイングダガー』などと検索して、見てみればいい。

 スロー再生してみると、ナイフは回転しながら飛んでいるはずだ。


 だから投げナイフは、銃弾のように『射出された勢いで突き刺さる武器』ではない。

 非常に言語化しにくいが……『回転しながら壁に偶然刺さるのを必然化させた技術』といったイメージだろうか?

 この辺りの感覚や事実は、未経験者には完全に想像のらち外だろう。


 だからナイフ投げは的に命中しても、刺さらないことが結構ある。たったそれだけで技術が必要なのだ。

 その技術というのは、標的までの距離で、適切な投げ方に変えること。


 投げナイフの投げ方はふたつ。柄を持って投げるか、刃を持って投げるかだ。

 基本的には標的までの距離、ひいては道中の回転数を逆算して、ナイフの刃と柄、どっちを持つか選んで投げる。

 実際には投げる速度でもリリースポイントでも手首でも調整するので、単純な話ではないけど、あくまでイメージで。


 だから、人間を狙う距離で放った投げナイフが避けられて、更に離れた背後の壁に突き立つといった事態は、よほどの偶然でない限り起こりえない。刺さらず跳ね返る。



 ○ ○ ○ ○ ○ ○


■手裏剣ではちょっと違う■


 ただここでひとつ注意点がある。

 投げナイフスローイングダガーは基本的に西洋で、東洋では手裏剣が古来より使われている。

 手裏剣といっても、忍者が使うイメージの十字手裏剣ではない。尖った鉄棒を投げる棒手裏剣だ。

 基本的には投げナイフも手裏剣術も同じだが、細部はやはり異なっている。


 投げナイフの投げ方は二種類だが、棒手裏剣の打ち方(『投げ方』と言わない)は、じき打法・半回転法・回転法と三種類ある。

 

 投げナイフの持ち方は、柄を軽く握るか、刃を指で挟む。

 対し棒手裏剣は、指を揃えて伸ばし、中指と薬指に乗せて、親指で押さえる。

 このように持ち方は違うが、半回転法・回転法は切っ先を指先側・手首側に向けるかで、標的までの距離で持ち方を変えるのは投げナイフと変わらない。



 で。問題は直打法だ。

 日本の手裏剣術だと、これが基本的な投げ方とされていることもあるが……

 検索すると『無回転の投げ方』と紹介されている。


 しかしここで『ほらー。やっぱり投げナイフは真っ直ぐ飛ぶじゃん』などと早合点するのは待って欲しい。

 弓矢が放物線を描き、突き刺さるといった様を想像してほしい。直打法はそういう軌跡で飛び、無回転と言っても45度、8分の1回転はする。切っ先を向けたまま直進するのとは違うのだ。


 しかも直打法は、近距離の打ち方なのだ。

 一応手裏剣術をかじった経験のある自分の体感だと、5メートルも離れていたら無理。自信を持って打てるのは2メートルまで。

 ……踏み込めば剣が届く間合い。


 手裏剣の長さや重心の置き方でも飛距離は変えられるし、達人ともなれば応じた訓練を積んでいるだろうが……直打法で何倍もの距離を打てるかは、怪しいと言わざるをえない。

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