魔法でウォータージェット切断? 無理!
「主人公さん……私は魔法使いといっても、水魔法しか使えないんです」
「それがどうかしたの?」
「旅先でどこでも水を確保できるって利点はありますけど……火魔法使いのように、魔獣との戦闘に役立つことはできません……」
「あー。水は攻撃手段にできないってこと? そんなことないけど……」
「え?」
「実際やってみようか。まず流れる水を出してみて」
「はい」
「それじゃただの水流だから、もっと細く、速く出すイメージをして」
「こ、こうですか?」
「もっと。糸みたいに細く、風よりも速く」
「もっと!?」
「その水流を、あの樹に」
「はい!」
――スパァン!
「う、うそ……? 水で、あんな大きな木が切れちゃった……?」
「ほら。水でも使い方次第で攻撃手段にできるんだよ」
「すごいです! 主人公さん!」
………………
…………
……
魔法で出す水を細く絞り圧力をかけて速くして発射し、敵を切る。そして主人公Sugeeされる。
ハイ・ファンタジー作品でたまに見られるこの展開……『やめろ』とは言わんけど、ウンザリするの。
絶対ありえないと思ってしまうのだ。『フィクションだから』でスルーするのも無理がある。
○ ○ ○ ○ ○ ○
■水だけでは金属は切れない!■
水の力で金属を切る。
この技術が実在するのは、きっとそれなりに知っている人も多かろう。
アクアジェット工法、あるいはウォータージェット加工と呼ぶが、『ウォーターカッター』という通称のほうが知られているのではなかろうか。
一般的に知られているのは工場での材料加工だが、精密手術、レスキューや建築物解体工事でも使われる。
情報番組か理科の授業かで、そういった紹介をされたのではないかと思う。そしてロマンを感じ、小説内でも使ったのではないかと思う。
間違いではない。ないのだが……決定的な情報が不足している。
ウォータージェット加工は、2種類ある。
ひとつは、ハイドロジェット、ピュアジェット、ストレートジェットなどと呼ばれる方法だ。
これはイメージどおり、高圧水流だけで切断する
魔法での再現は、文中を見る限り、こっちの方法を取っている。
だがこの加工法は、プラスチック、樹脂、ガラス、セメント材といった、変形しやすい材質に使う方法だ。
刃物や熱で加工すれば手っ取り早いけど、変質したり寸法精度が出ないから、水で加工するのだ。
金属、石材といった硬い材質を加工するのは、もうひとつのアブレイシブ・ウォータージェット加工という方法になる。
こちらは高圧水流にガーネットの微粒子を混ぜる。
人間や動物の肉体だけならばまだしも、金属鎧や岩を切ろうと思えば、水だけでは不可能なのだ。
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■離れすぎても速すぎても切れない!■
『土ぼこりとか舞ってるだろ! それ混ざれば水魔法だけで切れるだろ!』とか反論を思いついた人。まだ甘い。
研磨材入りの水流だったとしても、戦闘に使える実用性はない。
動画サイトででも探して、実際にウォータージェット加工の工作機械が動いているところを、一度見ていただきたい。誰でも一目瞭然の、戦闘に使えない理由が映っている。
Q.材料とノズルの距離は?
A.数センチ以内です。
Q.切断加工にかかる時間は?
A.材質と厚みによりますが、1センチ切るのに数十秒から1分かかることもあります。
消防車のポンプ性能だと2、30メートルくらい先まで届き、ウォータージェット加工はそれより遙かに大きい圧力がかけられているが……概算でもどう計算すればいいのかわからんけど、破壊力を維持する距離って相当短いと思うよ? ノズルから出た水流は広がるんだし。
それに機械加工の中では、ウォータージェット加工はかなり遅い部類になる。
一番早いのは
次あたりになると、条件で変わってくるのだが……工作機械なら切削加工、人工ダイヤモンドを塗布したワイヤーやノコギリで削り切る方法だろうか。立ち木をチェーンソーで伐採するのと同義としていいだろう。
その次にレーザーやプラズマによる熱溶断と来る。現実にはこれも比較的時間をかけて切る。
ウォータージェット加工はその次になる。
水で『切る』という言い方をしているが、刃物のように『切断』しているのとは少し違う。
実際のところ水で『削る』『吹き飛ばす』と言ったほうが正しい。『
火であぶるように至近距離で、じ~っくり水流を当て続け、少しずつ移動させないと切れない。
でないと、高圧洗浄機と同じように、岩表面の泥や苔を剥がし、敵の金属鎧がピカピカになるだけではなかろうか?
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■水流の速さ以前の問題!■
『魔法なんだよ! 普通の水流とは違うんだよ! 工作機械よりも速いとかなんとか!』とか反論を思いついた人。まだ甘い。
消防車のポンプで放水するときのノズル圧力が0.7メガパスカルらしい。訓練してない人間ではノズルを支えられずホースが暴れて手がつけられなくなる。魔法の水流に反動があるのか疑問だが、発生する力を知りたいだけなので本題ではない。
ウォータージェットの工作機械は、高いものだと250メガパスカルくらいまで圧力がかけられる。単純比較はできないが、訓練した人間でなければ保持もできない水流の、約350倍を真っ向から叩きつけるのだ。
巨岩や大木ならまだともかく、そんな水流ぶっかけられて、人間が立っていられると思う? 当たった瞬間に吹っ飛ぶよ?
仮に
ライフル弾で撃たれた……よりも、流体なので爆風を浴びたと考えたほうが近かろう。建物を倒壊させるだけの衝撃波を局所的に受けると。
そんなの受けたら肉体が四散するわ。
水によって『切られ死ぬ』ためだけに、超人的で物理法則無視した肉体が必要となるのだ。本末転倒で意味がわからない。
魔法で水流を加速しても、より悲惨な死に様になるだけだ。
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■そもそもの問題は承認欲求俺SUGEE思考■
『そんなのいいんだよ! フィクションなんだよ! 現実の理屈を持って来るんじゃねぇ!』とか反論する人。まだ甘い。
先に現実の理屈を持ち込んで台無しにしたのは、こんなツッコミを入れている自分ではない。
『主人公の知恵で本来ありえない水魔法攻撃』という展開を書いた作者だ。
だってそうでしょ?
最初から離れた敵を水と謎理論で切れる『ウォーターカッター』という魔法があれば丸く収まったのに、主人公Sugeeさせたいがため、わざわざ部分的に現実の物理法則を持ち込んで辻褄が合わなくなっただけだよ?
そこまで気にする人は少数だろうけど、気にする自分は遠慮なく否定する。
こう言っても尚、水魔法によるウォータージェット工法で切りたい人は、せめてキャラクターに保護メガネをつけていただきたい。
水の跳ね返りを考慮してないよな? 下手すると失明するぞ?
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