後編

「うぅう……。」


まただ。また、金縛り。動けない上に息が苦しい……。

いつも、正体を見てやろうと思うんだけど、目も開かない。なんか悔しい。


「うぅ……う?」


でも待てよ。もう歌を歌ったり、キャンプ動画を見たりしていない筈だ。

何でだ?

それに何だか懐かしい感覚もする。

ゴツゴツした感じ。

取り敢えず、早めに必殺技を繰り出す事にした。

心のナンマイダー祭り!

なぁ〜んまいだぁ、なんまいだー♪何枚だぁ〜♪

おぉ〜鎮まりくださぁ〜いぃ♪

ナンマイダ、ふぅ!ナンマイダ。ナンマイダったらナンマイダ……


「うおぉお!止めてくれー!止めてくださいぃ!」

「ん?」


今度は自然と目が開いた。

そこに居たのは、何とも優しそうな小太りのおっちゃんだった。


「この度は、お礼を言いたいと……参りました。」

「お礼?」

「この度、あなたのお陰で娘が無事に成仏致しました。」

「って事は……昨日の女の子のお父さんですか?」

「はい。昨日も昨日とて、あなたに抗議をせねばと思ったのですが……

貴方の呪文めいた歌が頭から離れず、寝込んでいた為、娘に代理を頼んだのです。」

「……なるほど。」

「いつも、貴方の首を絞めて居たのは私です。」

「……。」

「昨日、どこを探しても娘がおらず、私達はここから出られない為、何かあったのではないかと。場合によっては、貴方を捻り潰そうかとも考えました。」

「サラッと怖い事、言いましたね。」

「しかし、天界より娘が成仏したとの封書が届いたのです。」

「天界、紙でやり取りしてるんだ。」

「貴方のお陰です。」

「成仏出来るという事は……、そのうち幽霊さん達は、ここに誰も居なくなるという事なのでしょうか?それとも、また新しく……」

「いえ、私だけが終末まで留まります。大事な皆の天寿を奪ったのですから、成仏出来ないのは当然の事です。」

「そうですか……。」

「本当は、道連れになった時点で天界へ行くか地縛霊になるか選べるのです。だけど、あの子は私が一人だけ残るのは辛いと地縛霊を選んでくれたんです。妻は娘が小さい時に先立ちましてね、ただでさえ、寂しい思いをさせていたのに……。

母も母とて残ると……。私は幸せ者です。死んでから気付くなんて、道連れにしてから気付くなんて……。本当に愚かだった。せめて天界に行って欲しいと頼む事しか出来ない無力な存在でした。」

「天界に行くとどうなるんですか?」

「転生出来ます。また、生きる事が出来ます。今度は幸せな人生を全う出来ます。」


親父さんは泣き崩れてしまった。


「でも、どうして僕にお礼を……?」

「あの子に、もう一度生きてみたいと思わせてくれたからです。自らが転生したいと思う事で成仏出来るのです。」

「……そうだったんですね。良かったです。」

「本当にありがとうございました。昨日、止めて欲しいと頼みましたが、どうぞ歌ってください。あなたにとって、歌が自分を癒す大切な事だったとは知らなかったのです。」


……ん?

と、言う事は……


「……何処まで、ご存知で?」

「貴方の幼少の話から、娘が抱き付く所までです。地縛霊として全ての情念をぶつけて生き地獄を味わって頂こうかとも思いましたが、貴方からではなく娘からであった事、貴方がそれ以上の事をしなかったので思い留まる事に致しました。」

「……。」

「私達は本来、霊界と現世を行き来して良い訳ではありません。なので、余程の事がない限り、もうお会いする事は叶わないでしょう。しかし、貴方とこうしてお会いできた事は運命だったのかもしれません。本当にありがとうございました。」


そう言うと、親父さんは消えていった。

一瞬、大きな椅子に座ったお婆さんが見えた気がした。


「また、朝か……。」


寝た気は全然しないけど、気持ちの良い朝だ。 

鏡で首元を見てみたけれど、もう手形は消えていた。


「また来世で会おう。……なんつって。」


また、いつもの日常が始まる。

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とある事故物件の話 @yuzu_dora

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