とある事故物件の話

@yuzu_dora

前編

「うぅう……。」


まただ。また、金縛り。動けない上に息が苦しい……。

いつも、正体を見てやろうと思うんだけど、目も開かない。なんか悔しい。


「うぅ……う?」


ん?

何か、いつもと違うぞ?

柔こい。何か、柔こい……。

もっとゴツいと言うか、絶対男だろうと思っていたけど……。

今日のは柔こい。めっちゃ柔こい!


「むっ……むふふふふ。」


スッと離れた気がした。

今だ!俺の必殺!心のナンマイダー祭り!

なぁ〜んまいだぁ、なんまいだー♪何枚だぁ〜♪

おぉ〜鎮まりくださぁ〜いぃ♪

ナンマイダ、ふぅ!ナンマイダ。ナンマイダったらナンマイダ……


「何よ!そのダッサい呪文は!?ってか、気持ち悪いのよ!」


ん?何か聞こえた!

何か身体が軽くなった!


「……俺にも、とうとうお迎えが……」

「違うわい!逝ってる側であって逝かせる側ではないっ!」

「おぉ、随分ノリの良い天界人だなぁ……。と言う事は……私は地獄行きですか?」

「何でそうなる!?」

「えっ?だって、何も悪い事した覚えは無いけど、良い事した覚えも無いから。

良いことしてないもんなぁ……。」

「だーかーらー!私にそんな能力はぁ!」


何か鈍く硬いものが当たる音がしたと同時に、激しい頭痛が襲って来た。


「痛ててててっ!」


あっ、喋れた。

何だか本格的に解放されたようだ。

いつもなら、必殺技を繰り出すとおじさんの呻き声が聞こえる感じがして、朝になってるんだけど……。


恐る恐る目を開けると、そこには女の子が立っていた。


「ごめんなさい。つい念動力が……」

「念動力!?君はエスパー?もしかして、この目覚まし時計で金縛りの主をおっぱらってくれたの?」

「違う!私が金縛りの主!」

「いやいやいや……。」

「そうなんだって!」

「いや、だってよ?いつもはもっとゴツい手なんだよ?こんな可愛らしいお嬢さんな訳ないじゃん。」

「……。」

「やっぱ、夢かしら?おっさんが化けてるんだとしたら……。

うん。これは夢だな。夢であれ。」

「夢じゃないわい!」

「……えぇ?」

「引くなし……。ってか、私を見て驚かないわけ?」

「えぇっと……。だって夢でしょ?おじさんの悪戯でしょ?」

「だから……。夢ではない!割と不思議な類いの現実です!」

「……またまたぁ!」

「あんたは、どうやったら信じるんだよ?」

「……いつもの多分きっと、おじさんが出て来たらかな。」

「……それは無理。」

「なんで?」

「あんたが毎日歌う、その変な歌にうなされて呪うのを諦めたからよ。」

「え?そんな心外だなぁ。結構良い歌だと思ってるんだぜ?」

「……。」

「ってか、君は何者?」

「……足元見たら分かるんじゃないの?」


足元を見てみた。確かに、彼女の脚は透けていた。


「本当に足元透けてんだなぁ。すげぇ、初めて見た。」

「……何で、こんな恥ずかしい思いしなきゃなんないのよ。死んでまで。」

「そうだ!ところで何の用?」

「……幽霊の用事って言ったら一つでしょう。」

「そうなんだろうけど……。俺、殺される理由無いと思うんだよね。

こんな可愛い子に呪われるほどモテた事無いし……。そもそも、初めましてだし……。」

「……さっきから、あんた嫌に冷静じゃない。なんか腹立って来たんだけど……。」

「だって、実感湧かないんだもん。」

「今すぐに首、捻り潰しても良いのよ?」

「えぇ……。」

「本当にやるわよ!」


すると、急に彼女の目の色が変わった。なるほど確かに、人ならざる者だ。


「だーかーらー!なぁんで、冷静なのよぉ!」

「だって、手が震えてるんだもん。手を震わせながら呪いを掛ける幽霊なんて見た事ない。」

「……くぅ。」


可愛らしい反応に思わず笑い出しそうになってしまった。

いくら幽霊と言えども、一生懸命にやってる人を笑ってはいけない。


「なんで、俺を奪いに来てくれたの?」

「何だ!その言い方っ!」

「……。」

「あんた、鈍感過ぎるのよ!」

「ん?」

「ここには、あんたが住む、ずううぅっと前から、私達が住んでるのよ!」

「私……達と言いますと?」

「……かっ……家族よ……。」

「……えっ。」

「だっ……だから何よ!」

「なっ……仲良いんですね。」

「とっ兎に角!あんたには死んでもらうから!」

「だから、何でですか?」

「……あんた、うるさいのよ。」

「え?」

「夜中に変な鼻歌歌ってたり、真顔でスクワットしながら歌ってたり……。」

「え?」

「おばあちゃんが、うるさくて眠れないって……!」

「へぇ〜。幽霊さんも寝るのかぁ。」

「……。」

「でも、それなら呪い殺すとか物騒な事しないで、こっちに伝えてくれれば良かったじゃないですか。」

「散々、伝えたわよ!うるさい時に物を落としてみたり、逆に静かな時に音出してみたり。」

「あぁ。あの音、あなた達だったのか!」

「何の音だと思ってたのよ……」

「何か、自然のお便り的な?」

「……。」

「あっ、そうだ!極楽浄土って、どんな所なんですか?」

「何よ、急に。」

「生きている時には辿り着けない場所でしょ?折角だから、聞いてみようかと思って。」

「私達は行けないわよ。地縛霊だから。」

「え?」

「お父さんの工場が立ち行かなくなって無理心中したの。私達。」

「……すみません。」

「ううん。良いの。生きてた時より今の方が幸せだから。」

「……そうですか。」

「あんたが来るまではね!」

「俺、そんなにうるさいですか?近所迷惑にならない様にイヤホンで生活してるのに。五年近く住んでますけど、うるさいなんて一回も言われた事ないっすよ。」

「そりゃあ、壁があるからそうでしょうよ。こちとら、同じ空間で生活しとんじゃ!」

「それじゃあ、これを期に気を付けます。だから良いでしょ。」

「さっきまで、冷静に受け止めかけてたのに……。急に命が惜しくなったのね。」

「うーん……。どっちかって言うと、あなた達に興味が湧いたっていうか……。

きっと良い人達だったんだろうなって思って……。何か嫌なんですよね。

良い人達なのに命を奪うの。やりたいなら別ですけど……。」

「……今度、うるさくしたらマジで呪うよ。」

「じゃあ、皆さんが寝る時間を教えてください。」

「……まちまちよ。ただ、夕方の五時からの一時間は眠れない。」

「あと、本当は火を見たくない。」

「火…ですか…。」

「料理をする時は仕方無いと思うのよ。だけど、それ以外の時間は……。」

「分かりました!もうキャンプ動画見るの止めます!」

「……でも、あんたの楽しみの一つでしょ。時間帯さえ教えてくれれば……」

「別の楽しみを見つければ良いだけです。キャンプ動画を封じる代わりに、幽霊の日常を教えてください。」

「……分かった。あんたも物好きね。」

「こんなにガッツリ話せたら誰だって気になりますよ。」

「……ありがとう。」

「では、早速。幽霊になって大変な事はありますか?」

「ご近所付き合い。」

「え?」

「この辺、昔は工場やら商店が乱立してたから、私達のような人達が数年に一回は来てたのよ。」

「そりゃ、何とも……。」

「今は、だいぶ減ったけどね。それぞれがそれぞれの年代で来るから、回覧板があったり連絡網があったり、知らない人達が面倒だって抗議して来たり……。時代の波に乗りたい人と留まりたい人で喧嘩始めちゃったり……。まぁ、結構大変なのさ。」

「なぁんだ、あんまり生きてる時と変わらないじゃないですか。ショックだなぁ。」

「なに、死後の世界に想いを馳せてんのよ。」

「ところで、死して尚、横の繋がりが必要な訳は?」

「夏の大仕事の為ね。」

「……まさか。」

「そのまさかよ。年一回、一世帯から二世帯の当番制。」

「……当番とか、萎えるわぁ〜。」

「仕方ないでしょ。念を放出しないと磁場が変になっちゃうんだから。」

「……地縛霊って大変なんですね。」

「まぁ、死に方が死に方だからね、こっちが吹っ切れてても死ぬ前の情念は残るのよ。」

「どうしたら、情念も吹っ切れるんですかね……。」

「悔いが残らなくなったらみたいよ。良く分からないけど、成仏した人は確かに居るから。」

「なるほどね。」

「私、こんなにパーソナルなこと話したの、生きてても死んでても、あんたが初めてだよ。」

「おっ、光栄です。」

「……あんた、悩みなさそうで良いよね。」

「……俺、小さい頃は何でも深く考え過ぎちゃって、頭に十円ハゲ出来ちゃう程だったんですよね。それを母も気にしてて、物凄く辛かった。

だけど、家族で初めてカラオケ行った時、アホみたいに思いっ切り声出して、なぁんにも考えずに踊り狂ってたんですよね、キラキラ光る壁の絵とかマイクとか楽しすぎて嬉し過ぎて。

ふと我に返った時、怒られると思って両親を見たら、二人とも見た事ないくらい可愛い笑顔だったんですよ。

それ見て俺、笑って楽しく生きて行こうって決めたんです。イライラしたことがあったら、歌って体動かして終わらそうって。アホになろうって。」

「私、あんたに会えて良かったよ。本当は違う形で出会いたかったけど……。それでも良かった。」


すると彼女は笑って俺に飛び込んできた。そして消えていった。

何だか現実味を帯びているんだかいないんだか分からない出来事に、ただただ身を任せるしか出来なかった。

気が付けば、もう朝日が昇っていた。


「夢……だったのかな。」


鏡を見てみると、ほんの少しだけ首元に手形が残っていた。


「これ、案外ホラーなのかも。」


だけど、何だか清々しい朝だった。

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