メモリアーカイブ
解像度の高い正方形
メモリーアーカイブ
サーバールームを縦に横に延々と引き伸ばしたような無機質な空間の真ん中に二つの人影が落ちていた。
「失礼しまーす」
無限に続く部屋に臆することなく、コツコツとスニ―カーを鳴らすのは、栗毛色のショートヘア―に金色の瞳をした”エル”と呼ばれる少女。
「お疲れ様です。ご無事で何よりです」
堅苦しいテンプレートで応えたのは、透き通るような白のセミロングの髪。瞳はいつか見た快晴のような青色をした”司書”と呼ばれる少女。
「うん、初めてだから迷うかと思ったけど案外あっさり来れたよ」
「凄いですね、私なんて最初一時間も迷ってたのに…それにしても、もう定期更新の時期ですか。時間の流れとは早いものですね。」
「まぁ、こんな機械に囲まれた部屋じゃ時間の流れとか狂っちゃうよね」
「ですね、宙を見上げれば大方の時間の流れなんかは把握出来ますけど、生憎ここにあるのはどこまでも続く緑の光だけですし…まぁ、偶に点いて赤ですかね…はぁ…」
司書は大きなため息を溢す。これは放っておくと面倒だと悟ったエルは軌道修正を試みた。
「そうそう、本部で体力測定と健康診断があったんだけど、これも記録対象なんだよね、お願いして良いかな? 」
「そっか…またデータ更新しなきゃなんですね…面倒くさ」
司書はあからさまに嫌そうな顔をした。
「うぅ…」
エルは修正に失敗したどころか、丁寧に墓穴まで掘ってしまったのではないかと落胆する。
「うそうそ、そんなに肩を落とさないでください。…面倒くさいのは事実ですが」
「うわーん、全然フォローになってないよぉー」
「あぁもう…一先ず体力測定の結果をください。回線は傍受されないよう、このケーブルを使ってくださいね」
「はーい」
端末を弄り司書の端末にデータを送信する。
受信を確認した司書は過去のデータと照合し一頁ずつ画面をスワイプしていく。
「これは…オメガ班の大…失礼、中尉ですか、随分やつれましたね」
「あー、だろうねぇ。この間なんて『薬をよこせ!! あのガキ共より俺の方が上手く使ってやるよ!! 』って凄い勢いでせがんできたし」
「勿論止めましたよね? でなければ――」
「あっ、そりゃ勿論止めたよ! そもそも一般兵にあんなものあげたら死んじゃうって…」
「もしかしたら、中尉は力をつける事によってあなた達を結果的に否定したかったのかもしれませんね。…根本的に作りが違う以上、どうしようもありませんが」
「否定…か。目的は同じ筈なんだけどね」
エルは目を細め寂しそうな声色でそう言い放った。その目は心なしか怒りの表情とも読み取れる。
「そうですね、けど、種族が異なるからこそ出来た蟠りなのかもしれませんね。…一般兵さんの測定結果確認できました。皆さん少々生活リズムがおかしくなってるので注意喚起の方をお願いします。」
「はーい。そう言えば司書さんってあんまり姿変わらないね、初めて会った時とまんま同じって言うか…」
「む、どういう意味ですか? 私は165cmと女性の中では比較的高身長に部類される方ですよ? 」
司書は頬を小さく膨らませる。
「それだよそれ! あと胸」
エルは司書の控えめな胸を指さし高らかに笑った。
「なっ…こ、これは機能性を重視したデザインなんです! 狙撃する時だって胸が地面に干渉する事など殆どなく、擦れたり圧迫して痛める事もありませんし、防弾チョッキの装着に手間取るなんて事もありません。更に、近接戦闘においては当たり判定が小さい事から俊敏に身をかわす事ができ、被弾や刺突、斬撃の被害を最小限に抑ええる事が出来るんです! 」
宙に科学的根拠と称す無数の資料を出力し、エルにこれでもかという程押し付ける。だが、彼女はそれを一瞥する事なくひたすら自己弁護に徹する司書を笑った。
「…自分でも言ってて悲しいのは重々承知ですが、流石に笑いすぎじゃないですかね」
「あっはははは…はーあぁ。ごめんごめん…んふふふっ」
「…もういいです、私が子供でした。そんなこんなで、エルさん達の測定結果も確認出来ました。特に目立った点や変化はありませんね。…けど、一人だけ記録が足りないのですが、もしかして、提出し損ねてませんか? 」
素朴な疑問をエルに投げかけると、先程までの生温い空気が一変し、元の冷ややかで無機質な空気が漂い始めた。
「……」
グッと下唇をエルは噛む。その行動の意味を理解した司書もまたフードを目深に被り表情を隠す。
「…すみません」
「…仕方ないよ。アタシ達は兵器なんだから、どんなに小さな体でも力は一般兵のそれより遥かに強い…けど、相手はそれよりも遥かに強いし、傷一つ付けられただけでも…アインは無駄死にじゃなかったんだよ…」
「アイン…それが欠落した資料の名前ですね…その方のファイルをください」
司書が小さく呟くと栗毛の少女は端末を動かし赤いアイコンをしたファイルを送信した。
「ありがとうございます…この子、妹さんがいらっしゃるんですね」
「うん…ねぇ、司書さん。アタシ…アインの妹にまだ何も言ってないんだ…何て言えば良いかな…」
声を震わせ嗚咽を吐くエル。司書はポケットからハンカチを取り出し彼女の頬を拭った。
「そうですね…『お姉ちゃんは必ず戻ってくる』…そう言ってあげてはどうでしょう 」
「あはは…司書さんは残酷だなぁ…アタシ、嘘下手なんだよなぁ…」
「嘘なんかじゃありませんよ」
そう司書が告げた途端、壁面の赤いランプが点灯した。
「え…? 」
「言いましたよね? ”根本的に作りが違う”と。例え肉体が死のうとも過去のデータを基に作り直す事が出来るんですよ。それは私も、貴方も例外ではありません」
「じゃ…じゃあ、アインは? 」
「えぇ、戻ってきますよ。”バックアップ”が」
「えっ…」
サーバールームを縦にも横にも伸ばしたような無機質な空間の真ん中に二つの人影が落ちていた。
「失礼しまーす」
「お疲れ様です。ご無事で何よりです」
「うん、初めてだから迷うかと思ったけど案外あっさり来れたよ」
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