第3話

 4月9日午後1時、気が付くと『パワードミュージック』のユーザー数は1万人を突破していた。事前登録の類で1万人突破と言う訳でなく、実際に稼働している状態での1万人突破である。これに関しては驚く声もあった。


 ちなみに、これに関してはあるトリックが存在する事がネット上でも言及されており、他言無用という条件のβテストが行われていたという話である。これを信じるユーザーは非常に少なかったが、βテスト自体は数回ほど行われている事がウィキでも言及されている為、半分は事実なのだろう。さすがにまとめサイトの話を鵜呑みにするユーザーはいなかったが――。



 午後2時、プレイ動画の類がある程度アップされた辺りで評価が変化する事になった。午後1時の段階では動画は投稿されておらず、実際にプレイが行われているフィールドに行かなければ観戦出来ない状態だったのも理由の一つか。


 ゲーセンやアンテナショップ、駅構内等に置かれているセンターモニターで動画をチェックする事は可能だが、大抵がARTPSやAR対戦格闘の中継等に占拠されている。その為か、新規のARゲームの動画を見るのにセンターモニターは不向きと言われていた。


 ARゲーム公式サイトで動画を閲覧する事も可能だが、ジャンルによっては投稿されていないケースも多い。『パワードミュージック』に関してはプレイ動画の投稿は可能ではあったのだが、プレイヤーが動画投稿機能をオフにしている事が大半だった。それが動画の少なかった原因だったのである。初期設定がオフと言うのも原因かもしれない。


 動画の自動投稿オプションは任意だが、下手なプレイを全世界に晒すのは――という心理も動いている可能性も否定できない状況だが、真相は不明だ。


【プレイ動画の数が少ない。公式の動画もあるのだが、再生数が伸びているのがチュートリアルとか――】


【始まって数時間もたっていないゲームで、あっさりと攻略されたという話も聞いた事がない】


【RPGとかADVだったら、さすがにネタバレ規制が入ると思うが――これは音ゲーだぞ?】


【数時間でレイドイベント陥落と言うのも――ない話ではないだろう】


【何処かのソシャゲみたいにバグが発生したとか?】


【それもありえないだろう】


【何処かの位置ゲーや収集ゲーみたいな事も――】


 つぶやきサイトでは、さまざまなつぶやきもあるのだが――今回の動画が少ない原因を完全特定出来た話は聞かない。動画のアップに関しては特に制限はしていない事が公式ホームページでも言及されているが、1回のプレイ時間も20分~30分位だ。どうしても動画の数が少ないというのであれば、アップロードが混雑している等の説を疑うべきだろう。


 しかし、ARゲーム公式の方で動画のアップロードで不具合が出ている情報はない。出ていたとしても、一部ジャンルで1プレイにつき1つまでのアップロード制限がかけられている程度である。


「稼働したばかりだから、こんなものか――」


 草加駅のセンターモニターで動画を検索していたのは、天津風いのりである。正式稼働をした辺りでは動画のアップ数が少なかったのだが――今も多いと言えるかどうかは疑問だ。少ない動画をチェックするよりも、今は別の目的の為にゲームフィールドへ移動する事に。



 午後2時30分、谷塚駅近くのARゲームフィールド、そこでは金網デスマッチを思わせるようなリングがアンテナショップ内に展開されている。既に前の試合では10連勝したプレイヤーが乱入者に倒され、未だに周囲は動揺を隠せていない。


「10連勝のプレイヤーが倒されたぞ?」


「あのプレイヤーは実際の格闘技にも精通していると聞いていたが」


「所詮、格闘技と格闘ゲームと同じジャンルと認識していた慢心が敗因だろうな」


「しかし、あの女性プレイヤーも相当の実力者じゃないのか?」


「AR格ゲーはプレイ人口こそは他のジャンルよりも多いとは断じて言えないが――実力者が多いのは事実だろう」


「しかし、あの人物は見た事がない。データの更新ミスか?」


 周囲では、色々な声が聞こえる。中には10連勝していた人物に賭けていたという――非合法のARゲームカジノとも言うべき物に手を染めているような人物の声もしていたが。彼女のデータがないのはデータミスと言う訳ではない――単純な事を言えば、このARゲームは初めてプレイする物だからだ。


 他のAR格ゲーはプレイ済みでも、実際にプレイするARゲームが初プレイの場合は勝率等が反映されない。基本的にはARゲームでのカードプレイは必須であり、カードプレイでない体験プレイが稀と言うのはネットでも有名な話だ。それを踏まえれば、データがないというのも納得が出来るのかもしれないが。


「AR格闘ゲームのレベルも――って、言ってる場合じゃないか」


 身長168センチと格闘家としてはごく普通な身長だが、金髪のロングヘアーに青色の眼――これは、どう考えても格闘家には見えないだろう。格闘家よりも格闘ゲームのプレイヤーキャラと言う様な外見であり、コスプレイヤーでも乱入したのか、というブーイング交じりの声も聞こえた。


 体型もマッチョと言う訳ではなく、この体型でどうやってあの相手を倒したのかを知りたい位かもしれない。やせ型の体系でもARゲームが出来ないという訳ではないのだが、その場合は別の何かを疑われる。特に体力を使うタイプのジャンルでは。



 彼女が、色々と思っている間に次の相手が乱入してきた。ARゲームの場合は格闘ゲームにあるようなCPU戦と言う概念は存在しない為、基本的には対人戦がメインとなる。中にはAR映像のダミープレイヤーが乱入してくるようなタイプの物もあるが、今回のARゲームでは特にないらしい。


「貴様のようなアイドルあがりの――」


 フィールドに入って来た対戦相手の男性が不用意な一言、それは彼女を怒らせるには十分な理由だった。ラウンド1が始まってすぐ、彼女のパンチ一発で勝負は決まった。俗にいうTKO勝ちである。


「あのパンチ、見えたか?」


「全く見えなかった」


「データエラーの類じゃないのか? 必殺技によってはラグが出ると言う話だ」


「ラグがひどい場合はゲームが止められる。それはさすがにないだろう」


「そうなると、文字通りのワンパンチ決着と言う事になるが――」


 周辺の観客も何が起こったのか把握できていない。AR格ゲーなので、ARウェポンは使用に問題はないのだが――。相手の方もワンパンチでKOされた事には気づいていないだろう。彼は痛みを感じる事無く、速攻で倒されたという事になる。


 そして、先ほどのワンパンチに関してのスローモーションが流れると観客騒然という流れになった。確かにワンパンチは間違いないのだが、右腕に装着されていたのはARガジェットだったのだ。形状的には大型のナックルと言うよりはパイルバンカーに近い。打ち出したのはビームパイルと言った具合か。更には、ビームパイルは一発だけでなく服数発は命中していたか?


「悪いけど――そう言うネット炎上を誘発するような案件は、持ち込んで欲しくないかな。ARゲームには――」


 後に判明した事だが、彼女の名前はアイオワと言うらしい。ただし、他のAR格ゲーには該当する人物の名前は確認できなかったというが――。おそらくは、今回のARゲーム用にエントリーした可能性がある。


【アイオワ、こちらも名前に法則があるのか?】


【ビスマルクと言うプレイヤーとの関連性を疑うのであれば、それは違うだろう】


【色々とネーミング法則に疑問を持つというのなら、別の角度から調べるのもよいだろう】


 あるつぶやきを見たアイオワは、目つきを変えて周囲を見回したが――何者かの視線を感じる事はない。これを忠告と言う風に受け取る事はなかったが、彼女としては何を思ったのか? その後もアイオワは乱入してくる相手を次々と撃破するが、20人辺りで別のプレイヤーに倒されることとなった。



 ある人物のプレイ動画が注目を浴びた。形式は対戦ではなく、ソロプレイのようだが――場所は谷塚駅近辺だろう。その人物の外見は、ブラックのインナースーツ、軽装アーマーにはダークブルーのクリスタルが装飾されていた。プレイ動画が『バズ』ったのは午後3時である。


 それ以外にも、音楽ゲームにあるようなDJのターンテーブルと鍵盤を足したようなコントローラのデザイン――これに関しては理解に苦しむだろう。ARゲームでは必須のARメットは頭部全体を覆う様な物で、バイザー部分にはツインアイが光る。ただし、光るのは右目の青色のみ。


 基本的に、ARゲームで派手なアクションを伴う物は安全対策と言う意味でもARメットが装着義務化されている。2輪バイクでメットを被るのが必須なのと同じである。


【デザインが地味というか――】


【ARパルクール等の走る系列では、ホバー移動の様な物でない限りは重装甲にしないだろう】


【重装甲は走るのにも影響が出る。ランニング系で懸念されるのは、その為だ】


 動画内のコメントには、軽装タイプを使っている理由に言及したり、中には無関係なコメントも目立つ。中には超有名アイドルの宣伝をしているようなコメントもあったが、宣伝目的のコメントは入力しただけでも警告されるジャンルが存在する。パワードミュージックでは特に警告がないようだが、相当なケース出ない限りは24時間以内にコメントが削除されるようだ。



 動画の人物、エントリーネームには木曾(きそ)とあった。偽名かもしれないが――。身長は170センチ位だが、ARガジェット込みと思われる。男性プレイヤーと言う可能性も疑ったのだが、ある部分を見て不審に思う部分があった。それは、ARアーマーのデザインである。男性タイプのアーマーと言うよりは女性型に近い雰囲気だ。もしかすると――。


《セッティングスタンバイ――》


 システムボイスが流れた後、木曾は音楽ゲームのコントローラにも似たようなガジェットを振り回す。その後、そこから展開されたのはビームブレードだった。刃の形状は刀と言うよりはロングソードにも見える。まさか、武器格闘なのだろうか?


「さて、始めるとするか!」


 木曾は目の前のコースに視線を向け、スタートと同時に走り出した。

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