第4話

 4月9日午後1時、その人物は谷塚駅近くのARゲームフィールドにいた。ARガジェットを装着した女性プレイヤー、木曾(きそ)である。彼女が確認していたのは、周囲のドローンだった。撮影に関してはARゲーム専用のカメラによって撮影される為、ドローンが飛んでいる事は都合が悪い。


 飛んでいるドローンがARゲーム運営の物であれば問題ないのだが、どう考えても運営が飛ばしている物とは考えにくいだろう。ドローンに関しては、ARゲームのプレイに支障が出る為に一部ジャンルでは該当エリアのドローン飛行を禁止していた。使用が認められているのはARFPS及びARTPSと言ったジャンル――偵察ドローンの類がプレイに重要であるという理由が付けられている為である。


 しかし、ARパルクールはドローン禁止の対象――飛ばせば罰金は免れない。それでも飛ばしているのは、週刊誌がネタを探す為に飛ばしている可能性が高いが――発覚すれば逮捕状が出かねない為、ある意味でもリスクは伴う。出版社もノーリスクで儲けようという風に考えてはいないだろうが――。


【これだけのドローンを飛ばす理由――何かあるのか?】


【このエリアで芸能人の目撃情報はないが、スキャンダル狙いかもしれない】


【どちらにしても、週刊誌の部数アップ狙いで飛ばしているのか】


【下手にドローンを飛ばせば、ARゲーム関係なしで逮捕されるのでは?】


【ドローン以上に危険なものもあるが――】


 ドローンが飛行している様子を、このようなコメントで皮肉を語る人物もいる。しかし、それらの発言も一種のネット炎上狙いのフェイクと言う可能性も高く、油断できない部分は多かった。コメントによっては非表示機能があったり、運営側が不適切と判断した物は削除されたりする。動画サイトでも不適切なコメントが削除されるのと同じ原理――と言えるかどうかは、人によるところもあるかもしれない。



 木曾の方は楽曲の選択を完了し、既に準備は完了しているようだ。


《セッティングスタンバイ――》


 システムボイスが流れた後、木曾は音楽ゲームのコントローラにも似たようなガジェットを振り回す。数回ほど振り回した辺りでビームブレードが展開された。その色は青にも近いが――。


「さて、始めるとするか!」


 木曾は目の前のコースに視線を向け、スタートと同時に走り出す。そのスピードは一般アスリートも真っ青なスタートダッシュであり、これがARガジェットの能力なのか――と驚く声も存在していた。



 しかし、走り出した直後では何もステージ上には配置されていない。ほぼ直線の舗装された一般道であり、脇に自動車が止まっているのも確認出来る。止まっている自動車は、ある事情で動かせないという状態であり――障害物にも似たような状態でもあった。


 何も配置されていない道路から、他のランナーでも出てくるのか、あるいは敵が登場するのか――。そうしている内にARゲームフィールドに配置されたスピーカーから音楽が流れ出したのである。


【この曲は?】


【アクションゲームでもBGMは付き物だろう。それじゃないのか?】


【それにしては、曲が何かおかしいようにも――】


【曲が聞こえないのは別に欠陥と言う訳ではない。対応しているヘッドフォンやスピーカーでないと聞こえない】


【それは分かっている。問題は、音が若干――】


 コメントでも困惑するようなコメントがあった。それもそのはず――このBGMはキー音がない状態で流れているのである。普通に楽曲が流れるパターン、プレイする際に太鼓音等であえて楽曲に重ねるタイプも存在するのだが――パワードミュージックはキー音がない楽曲がバックで流れていた。


 それに加えて、ARゲーム専用のゴーグルやプレイヤー等でないと音が聞こえない仕組みにもなっている。プレイヤーのヘッドフォンには、当然楽曲が聞こえていると思われるが――。これに関してはARゲーム特有のシステム、無関係の住民に対して迷惑にならないよう配慮されている。動画では音声が入っている状態だが、これは色々な仕掛けがあって上手く動画と音がリンクしている。


 しかし、その詳細は企業機密と言う事で明らかにされていないが「魔法」の一言で騙せるような物ではないのも事実だろうか。このシステムに関しては、初心者プレイヤーにとっては動揺するポイントらしい。リズムゲームなのに、本当に演奏をしている感覚を得られるのか――と。



 楽曲が流れてから10秒経過した辺りで、周囲の情景は変化した。突如として出現したのは四角いプレートである。このプレートは木曾に向かって接近する訳ではなく、彼女の進む先に配置されているようにも見えた。その証拠に、木曾は走りながらも的確にプレートを真っ二つにしたからである。真っ二つになったプレートはCGが消滅するかのように消えた。


 単純に消えただけの様な感じではあるのだが、何か音が鳴ったかのようにも感じた。どうやら、あのプレートにはキー音が仕込まれているらしい。


【あのプレートが楽器代わりと言う事か】


【アレに命中させる事で音が流れ、それで演奏する――と】


【道を走る的な発想を持ったリズムゲームであれば、過去にゲーセンで見た事もある】


【それをリアルのフィールド――それもARゲームで行うのは微妙だな】


【苦し紛れの末に生み出したARゲームにも思える】


 コメントは賛否両論であり、中にはジャンル否定とも取れそうな発言もある。しかし、この否定的な意見は削除されずにそのまま残っているという事は――運営側も若干認めている可能性は高い。



 その後も、プレートを見つける度に木曾はブレードで真っ二つにしていく。コースの直線に配置されている物だけでなく、横に配置されていた物、プレイヤーに向かってくる物もあったように見えるが――。


【的確にプレートだけを真っ二つにしていくのか】


【配置されている全てのプレートを破壊する必要性はないはずなのに――】


【アレがランカーと言う物か】


【シューティングゲーム等であれば、ターゲットを放置して切り抜けるのも戦略だろう。しかし、これはリズムゲームだ】


【リズムゲームの場合は、ターゲットを1個見逃すだけでもミス扱いになる。機種によっては、数個のミスでゲームオーバーになる作品もあるらしい】


 動画コメントでも様々な反応があり、配置されたプレートは全て破壊するべきなのか、と言う意見は多かった。それだけでも10秒に1~2個は見かける程、コメントが流れている。


【これがリズムゲームと言うのか?】


【自分が知っている物とは――次元が違いすぎる】


【これをプレイして何が楽しいと言うのか?】


 実際の所は、これがARアクションやシューティングゲームであれば、パーフェクトボーナス狙いでもない限りは問題がない。しかし、これはリズムゲームの要素も持っている――そこがポイントなのだ。


【あれだけ早く走っても、ターゲットを的確にヒットさせていく――あれだけの動きを数カ月で出来るのか?】


【パワードミュージック自体はロケテストも行われていた。ロケテ勢と考えれば、若干の納得はできる】


【あの動きは、どう考えても一般のアスリートを思わせるほどの反応速度だ。ARガジェットも、あそこまでできるのか?】


【おそらく、ARゲームだからこそだろう。あのアーマーは身体能力を強化するというか、安全性を確保する為の――】


【そこまで説明口調にする必要性はない。あのスーツを装着すれば、ARゲームでヒーローになれる。それ位に単純の方が分かりやすい】


 木曾はヘッドフォンに聞こえている音楽のリズムに合わせ、的確にプレートを真っ二つにしているのである。キー音が若干ずれていた場合、それはタイミングが早すぎた事を意味しているが――彼女には、そのようなミスプレイが見られない。その証拠に、真っ二つとなったプレートの消滅時演出で表示される文字は【ぱーふぇくと】だった。


 文字に関しては英語、カタカナ、漢字、ひらがな等のカスタマイズが可能であり、出現したプレートも用意された種類の範囲であれば変更可能だ。


木曾の場合の【ぱーふぇくと】は丸文字にも似たような物であり、ARガジェットの装備とはアンバランスである。


「これで――」


 木曾はバイザーに表示されたノートの残りを確認し、目の前に現れた物でラストであると。そして、木曾はリズムゲームのコントローラを思わせるブレードの青いボタンを押す。次の瞬間、ブレードはビームライフルへと高速変形――最後の1枚はビーム光が貫いたのである。


《えくせれんと》


 最後のターゲットを撃破した木曾のバイザーには、100%クリアを示すメッセージが表示されていた。それを見た木曾の方は一安心と言えるような溜息をもらす。それを周囲が気づいているのかは不明だが。



 木曾のプレイを見た観客は、驚きの声をあげた。今までにない音楽ゲームを――彼らは目撃したのである。譜面を長距離のコースに例えたゲームは過去にも存在するが、それをリアルフィールドで展開した物――それがパワードミュージックだったのだ。しかし、ここまでの物をゲームとして売り出せるのか――動画を見ていた視聴者は思う。


【話によると、3曲設定で100円らしい。装備一式もレンタルできるという話だ】


【100円? それってアミューズメントパークの乗り物よりも安くないか】


【音楽ゲームで1クレジット100円と言うのはあるが、ここまでの物を100円で提供するのは――】


【赤字になりそうな気配もする】


【採算が取れるのか? 取れなければ、あそこまでの事はしないが】


【アイテム課金とかガチャとか――そう言う辺りじゃないのか?】


【クラウドファンディングゲームという単語も存在するが――ARゲームも、その類かもしれない】


 プレイ終了後、そんな動画コメントが飛び交う。それ程、ARゲームのプレイ動画は大体がそうであった。誰もがWEB小説のVRゲーム物の専売特許とも言えるような事を――現実のフィールドでプレイ可能にしたARゲームに、誰もが驚くのは無理もない。そして、このARゲームを巡って様々な勢力が自分達の目的の為に暴走する事も――この段階では知る由もなかったと言う。

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