第2話

 4月9日午前11時、ある情報が解禁されたのはその辺りだろうか。新宿駅近くの中規模アンテナショップには長蛇の列が出来ると思ったが、その予想は別の意味で裏切られる事になった。客足がゼロと言う訳ではなく『パワードミュージック』に足を止める客がいないというのが正しいのかもしれない。


「人数が――思ったほど伸びていないのか」


 あるギャラリーの人物は、こうつぶやいた。さすがに写真を撮ってSNSへアップしようとは考えていなかったが。完全予約制と言う訳ではなく、情報の出たタイミングが本日の午前9時では周知も出来ていないと言うべきだろう。SNSでのフライング情報もあるのではないか――と考えられたが、これに限っては情報がない。


 本来であれば、前日にフライングで情報が出るのもNGと言う様な状況が理想であるが、まとめサイトや様々な状況が――それを許さないという空気を生み出したのだろう。


「他のアンテナショップも同じなのか?」


 別の男性は、この現象が都心部特有と考えている。彼らがいた場所は、新宿駅近くのアンテナショップである。場所によって人気と言うよりも推しのARゲームは異なる場合が多い。新宿の場合はビル街と言う事もあって、ARパルクールには不向きと言うのがあるのだろうか。


 同じようなことは渋谷や品川、東京駅近くでも同じだった。オフィス街ではARパルクールの様なフィールドを使う系列の人気はいまひとつである。ビル街のビルとビルの間を飛び越えられれば――と考えるユーザーもいるだろうが、安全面を前面に推し出しているARアーマーでも命に関わるような危険行為は禁止していた。物には限度があると言う証拠だろう。そこまでARガジェットは魔法の便利アイテムではない事も――ネット上では深く言及されていないが。



 同時刻、西新井駅近くのショッピングモールに併設されたARゲーム専門店――そこでの客足はそこそこだった。新作ARゲームとなると反応が早いのは、このエリア特有である。有名プレイヤーを多く輩出している訳ではないが、聖地として有名なのもポイントだろうか。


「レースモチーフな音楽ゲームは過去にもあったけど――」


 ある女性プレイヤーは、『パワードミュージック』の電子パンフレットが入ったタブレット端末を手に取る。しかし、反応は決して良い物ではない。批判的な意見ばかりで炎上させようと言う物ではなく、端的に言えば場所が悪いのだ。確かに反応が少ないエリアと比べると、足を止めてパンフレットを手に取るユーザーがいるだけ、まだ西新井はマシな方だろう。


「ARパルクールはプレイ人口は多いが、マニアックなジャンルである事が言われている」


「物好きなプレイヤーが参戦する可能性はあるが、ここでは――」


「他のARゲームが支持されている以上、客足が鈍るのは自然と言える」


「新作ゲームの場合、ARゲームでは前評判よりもジャンルが何かで客足が変わるとも言われているが」


「情報が出そろうタイミングも遅かったのも――損をしているかもしれないな」


 何人かのユーザーも同じような意見が多い。決して悲観的な意見ばかりではないのだが、そう聞こえても仕方がないのは当然だろう。実際、情報解禁時期が一番足を引っ張っているのは言うまでもないからだ。



 同刻、草加駅近辺のアンテナショップ、そこでは10人ほどの列が出来ていた。最後尾にいるスタッフは立て看板を持っている。


「パワードミュージック、エントリー予定の方はお早めに!」


 男性の声が響く。他のエリアと違い、草加市では少人数ではあるものの、行列が出来ていたのだ。情報が解禁されたばかりなのに、これだけの列が出来るのはおかしいと考えるユーザーもいる。中にはサクラが混ざっている可能性があると考えるユーザーもおり、その様子をSNSへアップしようと考えている人物もいた。しかし、そんな事をしたとしても注目を浴びる事はないだろうと言う事は予測できる。


 その理由として、『パワードミュージック』の情報がネット上に公開されたのが9日の午前9時頃と言うのもあるからだ。もしかすると、こうしたネット炎上を避けるために情報公開を遅らせたという説もささやかれているが――。


【真相は不明だが、情報公開を遅らせた理由はネット炎上防止らしい】


【草加市ではARゲームで町おこしをしようと言う一方で、こうした炎上の話題は避けたいと言える】


【ネット炎上自体が魔女狩りと同様に――】


【しかし、ネット炎上を仕掛けようとした人物が次々と逮捕されているのには、理由があるようにも思えるが】


【魔女狩りなんて旧世紀の考え方だ】


 ネット上のつぶやきも色々な発言が、という状態である。ネットを炎上させてまとめサイト等で儲けようという人間もいれば、超有名アイドルの知名度を上げる為のかませ犬コンテンツを探すファン――。どういった考えを持ってつぶやきサイトを見ているのかは、十人十色である。そして、どういう風に発言を取るかも個人にゆだねられていた。



 同日午前11時30分、草加駅近郊のゲーセンから一人の女性が出てきた。服装はジーパンに半袖シャツ、それに野球帽と青色のサングラス、黒髪のツーサイドアップ――その割に目立っていたのは身長が190センチに近い事だろうか?


「ここ最近は、音ゲーをプレイするゲーマーが減っているのかな」


 彼女は冷静に分析をするのだが、ゲーセンの混雑具合を踏まえると少し違うように見える。平日のゲーセンなので、土日等に比べると人が入っている訳でもない。音楽ゲームの新作が入荷するという情報もない為、新作が稼働したてにプレイするプレイヤーもいない。


「その割には格闘ゲームにもプレイヤーが集まっている訳でもなかった。一体、どういう事なのか――」


 店内では混雑している様子はなかったのに、ある一角だけに集中している印象を感じた。そこに置かれているのは筺体ではなく、センタースクリーンである。そこに映し出されていたのは、リアル格闘技とも言えるようなAR格ゲーだった。それ以外のARゲームも中継がされていたが、彼女は格ゲーのモニターを注視している。



 彼女が見ていたモニターでは、二人の男性がボクシングの様な殴り合いを繰り広げているような展開になっていた。しかし、その殴り合いが一変したのは、対戦相手の一人が格闘技中継ではありえない攻撃をした事による物である。


「飛び道具かよ!」


「格闘技の中継かと思ったら、格闘ゲームの中継か?」


「格闘ゲームだったらお互いにアバターではないのか? あれは明らかに人間同士の戦いだぞ」


「要するに2D格闘ゲームを現実で再現した、と言う物か。VRとかではなく、別の技術で」


「さすがに超能力者や異能力者が埼玉県に集中するはずは――ないな。WEB小説じゃあるまいし」


 周囲のギャラリーも、この展開には動揺している。普通の殴り合いに近い格闘技ではなく、プロレスでもなく――目の前に展開されていたのは格闘ゲームである。しかも、これはCG等の作り物ではない。実際に草加市内で行われているARゲームなのだ。さすがに飛び道具はCGの演出による物と見る人間が見れば分かるのだが、初見でこの光景を見れば動揺するのは明らかだろう。


「映画の宣伝にしては、かなり作り込まれているようにも見えるが――」


 彼女は、この映像を見て最初はゲームとは認識していなかった。画面の周囲には体力ゲージや○人抜き等のような格闘ゲームでは馴染みのあるガジェットがあるのだが――。これをゲームと気付いたのは、試合が終了して相手プレイヤーが勝利した後だった。


【YOUWIN!】


 勝利したのはフード付きの上着を着た男性であり、飛び道具を使った人物ではなかった。その後、試合結果が表示されて――そこでゲームだと彼女は気づいたのである。



 ARゲームは、何処も同じように命を賭けるようなジャンルばかりが――という認識を彼女は持っていた。確かにARゲームにはFPSやTPS、対戦格闘等のジャンルが存在し、時としてリアルファイトを思わせるような事件が起きる事もある。


 しかし、ARゲームはデスゲームの様な行為を一切禁止しており、彼女の認識はARゲームをWeb小説のチート物等と考えている可能性も否定できない。


「これも、ゲームなのだろうか?」


 彼女がモニター上で繰り広げられている光景を見て思った事をストレートに言うのだが、周囲が彼女の声を聞き入れる事はなかった。完全スルーと言う類ではないのだが、あえて自分で調べろと言うアピールかもしれない。下手に関わりあいを持ちたくないという意思表示とも取れなくないが――。その後、彼女はゲーセン近くにあったアンテナショップが目に入り、そこへ向かう事にしたのである。


「桶は桶屋――と言う事か」


 結局、ギャラリーだった人物を捕まえる事が出来なかったので、彼女はアンテナショップの自動ドアの前に立ち、店内へと入って行った。

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