第14話 32歳、俺恋をする

 俺は恋をした。

 休み明けの月曜日。俺は寝坊した。ご飯をお代わりできずに学校に来てしまったのだ。だから車の中で食パンを食べていた。

 三枚目の食パンを口にくわえて登校。この食パンは俺がいた過去の日本で流行っていた天然系のキャラクターの代名詞だった。

 ヤバい遅刻遅刻。

 俺は小走り。

 そして学校の曲がり角でドカシャーン。


「痛いやんけ」

 独特な関西弁の発音で怒鳴られた。

「すみません」と俺は謝る。

 そして顔を上げた。

 そこにいたのは、世にも美しすぎる女性だった。

 髪は短い。短くしているのは自分への自信の表れだと思う。キリッとした目。体の線が細くてモデルみたい。

「最強様、大丈夫ですか?」

 隣にいた女子生徒が彼女のことを心配する。

 彼女は俺のことを排泄物がこびりついた便器のように見ていた。

「キモデブ」

 と彼女の口から聞こえた。


 その時、電流が走った。

 なんとなく、この世界のことがわかりかけてきた。男性は俺しかいない。だから女子生徒は俺のことを狙っている。

 こんなに俺は見苦しいのに、俺はモテていた。

 貞操逆転世界。

 もともと俺は気持ち悪がられて嫌われて家に閉じこもった石の裏に生息するような虫である。

 そんな俺がモテている。

 その違和感は半端ではなかった。

 嫌ではない。むしろモテるのは嬉しい。

 嬉しいのだけど、いつ手の平を返されるかもしれないという恐怖があった。


 キモデブ、と言われた時に過去のことを思い出した。

 コールドスリープする前の過去の日本。俺が高校生だった時。俺のことをキモデブと下げずむクラスメイト。

 ずっと見返したい、と思っていた。

 ずっとリベンジしたい、と思っていた。


 目の前の美しすぎる女の子が過去のクラスメイト達と重なった。

 その瞬間に彼女を見返したい、リベンジしたいと思ってしまったのだ。

 もしかしたら、この世界なら美しすぎる彼女を俺のモノにすることができるのではないか?

 そんな事ができなくてもエチエチな事ができるのではないか? 俺の言いなりに出来るのではないか? パンツの中を覗くことはできるのではないか?

 もし、それが出来た時、俺は嫌な過去と決別することができるのではないか?


 美しすぎる彼女は、俺の過去そのもののように思えた。

 もしかしたら、この世界なら乗り越えられるかもしれない。

 

 俺は彼女にぶつかり廊下に倒れて彼女を見つめた。

 見つめているだけなのに、下半身にビール瓶が具現化していた。

 なぜか、すげぇー興奮している。

 胸がドキドキしている。

 もしかしてコレが恋ってやつですか?


 彼女は立ち上がり、優雅にズボンを叩いた。彼女はスカートを履いていなかった。俺と同じようにズボンを履いていた。

 そして俺のことをチラッとだけ見て、「ホンマに最悪」と呟いて、女の子を連れて去って行った。


 俺はマゾなんだろうか? コチラの世界に来たら逆に侮辱されるのが新鮮だった。もしかしたら今初めて、そういう扉を開いてしまったのかもしれない。イジメられていた時にマゾの扉を開くことができていれば学校も楽しく行けたのかもしれないのに。

 

 チャイムが鳴り響く。

 それでも俺は立ち上がるかどうか悩んでいた。

 具現化したビール瓶が収まらないのだ。

 仕方がない。必殺技を出すか。

 こういう時に男は必殺技を持っている。

 それはチンポジチェンジという技である。

 何もしなければ具現化してしまったビール瓶のせいでズボンは膨らんでしまう。

 だけど、なんていうことでしょう? チンポジチェンジを使えばズボンの膨らみは消えるのだ。

 ズボンの上から具現化したビール瓶を触り、上に向ける。それだけで収まるのである。男なら誰でも知っている必殺技である。


 あっ、ヤバい。遅刻遅刻。俺は足早に教室に向かった。

 まだ先生は来ていなかった。

 教室に入ると女子だらけ。みんな俺のことを見ていた。


 席につく。

「この前はすみませんでした」

 と黒縁メガネでお下げの女の子が喋りかけて来た。

 うわぁ、イチコじゃん。

 恐怖で体がブルっと震えた。

 具現化していたビール瓶が一気に通常モードに戻る。

 彼女に対しては嫌な思い出しかない。

 口に棒を入れられて、胃の中のモノを吐き出させられたのだ。あの後も喉は痛かったし、胃は痛かった。そのせいで休み中、病院でメンテナンスを受けさせられた。

「……私、私、私、色んなことを間違ってました」

 とイチコが頭を下げた。

 彼女の隣にいる美少女メイドも頭を下げた。美少女メイドは今は制服姿である。

「すみませんでした」とメイも謝った。

「コレはお詫びです」

 イチコが包装されたピンクの包みを俺に差し出した。

「コレは?」

「クッキーです」とイチコが答えた。

 クッキーか。頂いておこう。

「男性はアレを飲むと聞いたので頑張って2人のアレを入れておきました」

「アレってなに?」

 2人が顔を真っ赤になった。

「アレってなに?」

 もう一度、俺は尋ねた。

「田中太一君のことを考えると体が熱くなって出るアレです」

 とイチコが言う。

「アレってなに?」と俺はもう一度尋ねる。

「私達の気持ちです」

 彼女達は顔を真っ赤にさせて俺から去って行く。

 マジでアレってなに? これは食べれるモノなの?


 そして席に着く前から机の上に置かれていたモノに俺は気づいていた。

 ストップウォッチ。

 説明書も置かれていた。

 大きな文字で『時間停止時計』と書かれている。

 誰がこんなモノを置いたんだろう? とりあえず無視しよう。


「私達も謝りたい」と別の女の子達が来る。

 3人組。

 一瞬、誰かわからなかった。

 俺を車で拉致した痴女3人組である。

「この前はごめんなさい」とアイ子が謝った。 

 アイ子は清楚系アイドルのような女の子。

「本当にごめん」とキャバ子も謝る。

 キャバ子はキャバ嬢みたいにキラキラした女の子。

「ごめんなさい」

 とスポ子も謝った。

 スポ子は日焼けした肌にショートの黒い髪が似合う女の子。

 

 スポーツ女子っぽいからスポ子と勝手に名づけていた。

 だけどスポ子の頭に猫耳が付いている。

 どげんした? ←どこの方言かわかんない。

「別にいいよ」と俺は素直な気持ちを伝える。

「むしろ全然いいというか、君達には拉致されたいというか」

 と俺が言う。

「それじゃあ、また拉致ってあげるね」

 とスポ子が言う。

「田中君の優しさに決まってるじゃない。何を言ってるの? さんざん私達怒られたでしょ?」

「そうだった」とスポ子が言う。

「つーか、その耳どうしたの?」

 スポ子が自分の猫耳を触る。

「魔具研の部長に貰った」

「魔具研の部長?」

「最強様。田中君は知らないんだっけ?」

 最強様。

 その名前は知っていた。

 さっき出会った超絶美少女である。連れの女の子がそう呼んでいた。

「そうだ田中君。一限目の教科書を私忘れたんだ。見せて」

 とスポ子あらため猫耳少女が言った。

 もちろんYES。

「いいよ」


 それで彼女は教科書を見るために俺の膝の上に乗った。

「プニプニらぁ〜」

 膝の上に乗った猫耳少女が言う。

 そして彼女は膝の上で俺の教科書を見ている。


 美人先生は生徒が膝の上に乗って授業をしていることを指摘しなかった。


 指摘したのは隣の席の幼井ナミだった。

「ちょっと、あなた、そんなところに座っていたら太一の授業の邪魔でしょう」

「えっ、でも田中君がいいって」

「よかろう」と俺が言う。

 猫耳少女のお座りで俺の下半身にはビール瓶が具現化している。

 ビール瓶が猫耳少女に当たらないように太ももで押さえ込んでいる俺は紳士である。


 それにしても俺の机の上に置かれていたストップウッォチは何なんだろう? 誰が置いたんだろう? 今は机の中に入れているけど持ち主に返してあげなくちゃいけないだろう。

 それに最強様と呼ばれる女子生徒のことも気になった。あの子に会いたい、と俺は思った。

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