第6話 性行為者
男性が解凍される3ヶ月前に学校という場所に女の子達が集められた。
学校というのは人が集まって勉強する場所らしい。そこで男の人が恋をして性行為をするらしいのだ。
ちなみに今の日本には学校という制度はない。私達の寿命が短いため、好きなことをメタバース内で勉強する程度である。メタバースというのはインターネット上の仮想空間で作られた世界である。
男性と性行為できるのは超エリートの女の子だけ。容姿端麗はもちろんのこと文武両道じゃないといけない。
未来に遺伝子を残すのだ。優れた遺伝子を持った女子が選ばれるわけである。
妊娠することができれば多額のお金を国から援助される。
それに何より、妊娠した女性の多くが長寿になるらしいのだ。
私達の平均寿命は、だいたい20歳ぐらい。
昔の人は100歳近く生きたらしいけど、男性がいなくなったこの世界で、人口的に作られた人間は遺伝的に弱く、長生きができない。
だけど妊娠する事で、遺伝子に変化が起きて長寿になるらしいのだ。妊娠したことで40歳以上も生きた人もいるらしい。
私達の寿命まで3年。
『幼井ナミ』という名前は学校入学と同時に与えられたモノである。日本政府から名前が与えられた。この名前は解凍される男性の初恋の相手らしい。
そして私は初恋の子孫だった。
私は運がよかった。男性が慣れるための初接触者に選ばれたのだ。
みんな私のことを初めての性行為者になるだろう、と思っている。それが転じて初めての性行為者に選ばれた、と思っている人もいるみたい。
男性が慣れるまでのサポートをするのが私の仕事である。
学校には部活というモノがある。そもそも日本政府が部活の制度を取り入れたわけではなく、生徒の誰かが部活を作った。
学校内には運動部が2つと魔具研究部が1つ存在する。
そして私は魔具研究部に所属していた。
魔具研究部の部長は昔の資料を持っていた。昔の資料というのはエチエチ動画である。
エチエチ動画を見て男性が興奮しそうな道具を作る、というのが魔具研究部の主な部活内容である。その部活は変人揃いだった。
ごめん、魔具研究部の話は、ちょっと置いておいて、男性について話したい。
初めて見た男性の印象は柔らかそうだ、というモノだった。
女性と違って男性は大きい、と聞いていたけど、横に大きいことを実物を見るまで知らなかった。
私はこの人に選ばれるんだろうか? 妊娠させてもらえるんだろうか? 私は初接触者に選ばれていたので緊張しながら喋りかけた。
男性の方も緊張している様子だった。オドオドしているというか、目の視点が私に合わなかった。
「どこ見てるのよ?」と私は尋ねた。
「えっ? 別にどこも? あれ? 幼井ナミって? えっ?」
困惑していた。私の顔と姿と名前に困惑していた。どうやら初恋の相手っていうのは本当だったらしい。ココでようやく私の勝ち筋が見え。
お昼になればお弁当を持って行った。どうやら男性はお弁当を持って来ていなかった。その情報は事前に聞かされていた。だけど初日から男性分のお弁当を持って来ると不審がられるので初日は私の弁当を半分あげることにした。
「お弁当持って来てないの?」
「持って来ておりません」と男性はモジモジしながら答えた。
「別に私に敬語使わなくていいんだけど」
「……うん、わかりました」
「敬語を使うな」
「わかったよ」
「私の分あげるから」
と私が言うと、男性は驚き、ニッコリと笑った。
「それと私のことはナミって呼びなさいよ。私も太一って呼ぶから」
呼び方を決めただけなのに、男性は嬉しそうに笑って何度も頷いていた。
可愛いらしい。
次の日からは男性の分のお弁当を持って行った。
太一が来てから3日目にもなると彼は私に慣れていた。
「またお弁当を持って来てないの?」と私は尋ねた。
「お弁当持って来てないんだよ」
「太一のために作ったんじゃないからね」と私は言う。
本当は彼のために作ったモノである。でも言葉が反転して別のことを言ってしまう。どうなってんだろう? 私の言葉。
「それじゃあ誰のために、このお弁当を作ったの?」と太一は尋ねた。
「たまたま今日は2個作って来てしまっただけなんだから」と私は答える。嘘である。
「それじゃあコレは俺のために作ったんじゃないのか。納得だわ」と彼が納得した。
でも納得されるのが嫌だった。
「太一のために作ったのよ」と私は言う。
ちゃんとわかってほしい。
「俺のためか」と彼がボソリと呟いた。
「隣座っていい?」と私が尋ねた。
「膝の上でもいいよ」と彼が答えた。
膝の上? 体が急に暑くなった。3日目にして慣れて来たと思っていたけど、もう彼から接触を求められている。
「膝の上に座っていいの?」と私は確認するように尋ねる。
「よかろう」と太一が了承した。
私は彼の膝の上に座った。彼の膝は大きく、プニッとしていた。
体が熱い。体の中でお湯が沸騰して下半身から出て来てしまいそう。
教室を見渡す。クラスメイト達が羨ましそうにコチラを見ていた。
このままずっと膝の上に座っていたい。だけど膝の上に座っていると太一がご飯食べられない。
「私が太一の膝の上に乗っていたら、太一がお弁当食べれないよね」
と私は言って膝から降りた。
なぜか太一は恍惚な顔をしていた。仏様みたいな顔。もしかして重たくて我慢していたんじゃないかな? もし我慢させていたらごめん。
私は太一から降りて隣に座った。
彼に触れたかった。だから足で彼に触れてみた。そして表情を見る。嫌がっていたら止めよう、と思っていたけど、彼は気にしている素振りはなかった。だから足をくっ付ける。
体の芯が熱い。
「お弁当を作って来てあげたんだから、ちゃんと食べなさいよ」と私は言った。
こんなに興奮していることを悟られないように、ちょっと口調が強くなってしまった。
「はい」と太一が返事をする。
なぜか急に彼の顔が青くなった。
私が足をくっ付けていたから? すぐに私は太一とくっ付いていた足を離す。
「大丈夫?」と私は思い切って尋ねた。「顔色悪いよ? 保健室行く?」
「ナミの方こそ、大丈夫なのかよ」と太一が言った。
えっ? なにが?
「俺と一緒にいたら価値が下がるかもしれねぇーぞ」
「価値?」
急に何の話?
「俺と一緒にいたら、他の友達から嫌われるかもしれねぇーぞ」
なんてバカなことを。そんな事がある訳がない。
男性と一緒にいたら羨ましがられる。みんな太一と性行為をしたい。彼は自分の価値を知らないのだ。
「バカじゃないの? 価値なんて下がらないし、もし仮に友達から嫌われても、私は太一と一緒にいたいんだからね」と私は言った。
「ありがとう」と彼は言って泣きそうな顔になる。
私もホッとした。
「変な事を考えてないで、弁当を食え」と私は言う。
どうしても私の口調が強くなってしまった。
バレないように私は彼と膝同士をくっ付けた。
「わかりやした」と太一が言う。
そしてイチコがやって来た。
同じ部活をしている頑固一子。ちょっと変わり者である。
正直に言うと、もう他の女の子が接触に来てしまったか? と身構えた。
私が初性行為者に選ばれている、と勘違いした女子がイチコを連れて行ってくれたけど、早くキメなくちゃヤバい。もう私は彼の隣に座ることもできないかもしれない。
「そうだ」と私は思いついたように言う。イチコが勉強を教える、とアプローチをかけてきた。だから私は彼に勉強を教えてイチコのアプローチを潰すことにした。
「太一はバカだから放課後になったら私が勉強を教えてあげる」
「いいの?」
「別に太一のためじゃないんだからね。私も予習したいだけなんだからね」と私が言う。
「そうか。だから勉強会をやるのか。納得だわ」
「バカなの? 太一のために決まってるじゃん」
そして放課後。太一と勉強会が始まった。
「太一って本当にバカなのね。純粋に計算間違いしてるじゃない」
「どこ?」
「7×5=」
「42」
「本当にバカなのね」
「35って知ってたし」
「ほらココも計算間違いしてるじゃない」
「どこ?」
「だからココだって」
太一が私の指を妨害してくる。
「せっかく教えてあげているのに。そんなことをするんだ。そんなことをする子にはこうするよ」と私は彼の手の甲を抓った。優しく抓ったつもりだった。
なんで私はこんな事をしちゃうんだろう? 好きなのにイジメたくなったり、好きなのに強い口調になってしまう。
「痛っ」と太一が言った。
ごめん、と私はすぐに反省する。
太一が何かを訴えるように私を見てくる。
彼が私の手を握った。
えっ。
胸がギュッとなる。
苦しい。
わかっている。太一は私の手を握ったわけじゃなく、手の甲を抓ったお返しに手をギュッとしてきたことぐらい。
「男の人の手って柔らかいんだね」と誤魔化すように私が言う。
「ごめん。手を握られているのイヤだったよね」と彼は言う。「わざとじゃないよ。本当にわざと手を握ったわけじゃなくて、たまたま握っちゃたんだ。ごめん」
焦るように太一が言う。
「もっと握っといてほしい」と私は言って、彼の手を強く握った。
「……私、冷え性なの」
だから温めてほしい。
「太一の手が暖かいから、ちょうどいいね」と私が言う。
「手をスリスリして温めてあげようか?」と太一が言った。
ヤバい。私の心の声が伝わったのかな? 体がアチアチである。そんなことしてくれるんですか? 私でいいんですか?
「お願いします」と私は言っていた。
「それじゃあ、さっそくスリスリさせていただきます」と太一が言う。そして太一の手が私の手をスリスリし始めた。
あっ、うん、気持ちいい。ヤバい。
「細いのにスベスベの肌。舐めちゃいたい」と彼が言う。
舐めてくれるの?
「舐めないでよ」と私は言っていた。本当は舐めてほしいです。
遠くの方から足音が聞こえた。
咄嗟にイチコの顔が浮かぶ。
もしかしてイチコが太一を奪いに来たのかも?
隠れなくちゃ、と私は思った。
「コッチ」
と私は言って、太一を引っ張って椅子から立たせた。
「なに?」
「誰かが来るみたい」
「えっ?」
「隠れよう」
「なんで?」
「邪魔されたくない」と私が言う。
私の恋を邪魔されたくなかった。
彼をロッカーの中に入れ、私も入った。
密着した空間。私と彼。
彼の柔らかい体が私に当たった。
なにこれ? 考えなしにロッカーに入って隠れたけどエチエチだ。
「勉強をほったらかしてどこに行ったのかしら?」と教室でイチコが言った。
抱きついてもいいかな? エチエチなことをしてもいいかな?
私は彼の体に腕を回した。
男の人の体って、こんなに柔らかいんだ。デヘヘヘヘ。
密着したロッカーの中で彼と見つめ合った。
ポタポタポタ、と彼の体から汗が溢れる。そして私の顔面に汗がついた。
コレだ、と私は思った。
今の状況では手が使えない。手が使えないから汗を彼の体で拭きとるフリをして、彼の胸に顔を埋めることができる。
「ごめん」と私は言った。「汗が目に入って」
私は彼の胸に顔を埋めて左右に振った。
彼の胸。デへへへ。柔らかい。
別にこれはエチエチなことをしているんじゃないからね。顔を拭いているだけなんだからね。
私が彼の胸を楽しんでいると……別に楽しんでないよ。彼の下半身に突起物があることに気づいた。
「なにこれ?」と私は尋ねた。
太ももで突起物を挟もうとした。
本当は知っていたのだ。魔具研究部で部長が保有しているエチエチ資料を見せてもらったことがあるのだ。
この突起物こそが、私達には必要なのだ。未来に遺伝子を残すために必要なのだ。
私が突起物を太ももで挟もうとしたら彼は逃げるようにお尻を引っ込めた。
そしてドンとロッカーの音がした。お尻でロッカーを叩いたらしい。
「なにしてんのよ」
と私が彼の耳元で囁いた。
ロッカーの隙間を覗くとイチコがロッカーに向かって歩いて来ていた。
ヤバい見つかる。
イチコがロッカーに手を伸ばして、扉を開こうとした時に学内放送が流れた。
『魔具研究部の部員のみなさま、早く部室に来てください』
スピーカーから関西訛りの独特の部長の声が聞こえた。
『魔具研究部の部員のみなさま、早く部室に来てください』
声が繰り返される。
イチコは踵を返して早歩きで教室から出て行った。彼女も魔具研究部なのだ。そして私も魔具研究部である。早く部活に行かないと部長に怒られる。あの部長は怒ると何をするかわからない。
ロッカーから出た。もう少し中に入っておきたかった。もう少し中に入っていれば、もっと色んな事ができたのに。
「しゃーません」と彼は言った。
しゃーませんってなに?
「私帰る」と私が言う。
部活に行かずにこのまま彼と一緒にいたい。
「怒ってる?」と彼が尋ねた。
「なにが?」と私が尋ね返す。
もしかして部活に行きたくない事が顔に出ていたのかも。
でも早く行かないと部長に怒られるから。……何されるかわかったもんじゃない。
私は慌てて鞄を持った。
「待って」と太一が言った。
「急いでいるから」
と私は言って足早に部活に向かった。
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