第5話 下半身のアレのせいで嫌われる

 黒縁メガネの少女がロッカーに手を伸ばして、扉を開こうとした。


『魔具研究部の部員のみなさま、早く部室に来てください』

 スピーカーから声が聞こえた。

 独特な関西訛りである。

『魔具研究部の部員のみなさま、早く部室に来てください』

 声が繰り返される。

 


 ロッカーを開こうとしていたイチコの手が止まった。そして彼女は踵を返して早歩きで教室から出て行った。


 俺はロッカーを開けた。

 娑婆しゃばの空気がうめぇー。でもロッカーの空気も美味かった。だってナミの吐息が詰まっているんだもん。最高である。

 でもロッカーの中に隠れ続けることはできなかった。具現化してしまった2リットルのペットボトルが彼女に当たってしまっていたのである。


「しゃーません」と俺は言った。

 しゃーません、というのはすみませんの最上級の言葉である。

 アタイの下品なモノを当ててしまって、しゃーません。

 気分が悪かったよね? でもロッカーの中に閉じ込めたのはナミなんだからね。


「私帰る」

 とナミが言った。


 えっ? もしかして嫌われてしまった?


「怒ってる?」

「なにが?」

 怒ってるじゃん。

 彼女は慌てながら鞄を持つ。

「待って」

 と俺は女々しくナミに言った。

 謝るから。謝るから許してくだせぇー。

「急いでいるから」

 と彼女が言って、足早に俺から離れて行った。


 そして俺は教室に取り残された。


 やってしまったぁー。

 ナミに嫌われてしまった。

 ショックで膝を付いた。

 悔しくて床を叩く。

 俺はバカである。

 そりゃあ嫌われるよ。下半身の部位だけ発動する具現化能力が憎い。

「私は貝になりたいです」と呟いてみる。勝手に貝でも蟹でもなっとけよ。

 ナミといい感じだったのに。正直に言うとナミって俺のこと好きじゃねぇ? ぐらい思っていた。なのに俺は嫌われてしまった。

 ショックが強すぎて立ち上がれない。

 立て。立つんだジョー。

 

 早く帰ろう。

 帰って傷ついた心をカホタンに慰めてもらおう。

 机の上に置いていたノートを片付けようとして、手が止まった。

 ノートがビシャビシャなのである。


 俺達がロッカーに隠れている隙に何があった? なんでノートがビシャビシャなんだよ? これ何の液体なんだよ? あの女か? 黒縁メガネのイチコ。

 すでに俺は嫌われていて嫌がらせが発動している?


「はぁ」と溜息をついた。

 これはカホタンにヨシヨシしてもらえないと立ち上がれないレベルである。

 32歳おっさん、女子高生にイジメられて学校を欠席しそう。

 ビシャビシャのノートを鞄の中に入れて俺は教室を出て鍵を閉めた。

 その鍵を先生に返して学校の校門に向かった。


 いつもならいるはずのカホタンが校門の前にいなかった。

 学校に通い始めて3日目。いつもは校門の前でカホタンが車と一緒に待っていた。

 俺が学校から出て来るのが遅いから、しびれを切らしてカホタンが帰ったのかもしれない。

 カホタンに連絡する手段も無い。

 

 ほとんど一本道なので家の場所は覚えている。そう言えば未来の日本に来て、初めて1人で歩く。

 1人でトボトボと歩いていると俺の歩行に合わせて徐行して来る車があった。

 ちなみに車の車種はわからない。俺がいた時代にはなかった車種である。全ての車が四角い。個室が移動しているみたいな感じである。


 突然、車の扉が開いて、3人の美少女が飛び出して来た。

 女子高生の制服ではない。

 柄は違うけど3人ともワンピースを着ていた。

 花柄のワンピースでショートヘアーの女の子。スポーツ系っぽい。

 白のワンピースで髪を縦ロールにした女の子。キャバ嬢っぽい。

 紺のワンピースに黒髪ストレートの女の子。清純派アイドルっぽい。

 三者三様で、3人とも可愛い。

 いけます。3人ともいけますぞ。その中でも俺の好みは清純派アイドルっぽい子である。いや、キャバ嬢っぽいのも捨て難い。だってこのタイプは甘えん坊なんでしょう? どこの情報だよ。知らん。俺の勝手なイメージである。でもスポーツ系のショートヘアーの女の子も好きである。日焼けしているのがたまらんですわ。こういう子が実は一番エチエチだったりするのだ。

 歳は16歳から18歳ぐらいに見える。


 3人が車から飛び出してきた勢いのまま、俺のところにやって来る。

 えっ、なんで俺を囲うの? 俺なにかしたっけ?


「これが男?」とショトヘアーのスポーツ系女子が呟く。

 清純派アイドルっぽい女の子が俺の口を手で防いだ。

 細くて華奢な指が俺の唇を抑える。

 なに? 俺なにかした?

 本来なら急に口を塞いで来た美少女の指を舐め舐めしてもいいはずだった。

 本当に舐め舐めしていいのか? こんな美少女達に嫌われたくないという気持ちが働いて舐め舐めしなかった。俺エライ。


 そして残り2人が俺の体を押した。

「大丈夫。荒っぽいことしないから」

 と俺の口を押さえていたアイドルっぽい女の子が言う。

 そして俺は車に押し込まれた。

 3人とも「はぁ」「はぁ」と荒い息を漏らしている。


 車の扉が閉められる。

「腕を縛って」と清純派アイドルっぽい子が言う。

 どうやら、この子が3人のリーダーらしい。

 リーダーに言われて2人が必死になってロープで俺の腕を縛っていた。俺は抵抗しなかった。だから縛るのは簡単だったはず。でも2人ともロープで腕を縛ることは慣れていないらしく、「違う。そうじゃない」「私にまかせて」「アンタも間違えているじゃない」みたいな会話をしている。

 

 腕を縛られた俺。

 そして3人の美少女が俺を見て舌なめずりをした。

「楽しみましょう」と清純派アイドルっぽい子が言った。

 なんだよ。このイベント。

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