55

「そなたからは我が使徒と同じ力を感じる……。面白い……。そなた、混じっているな」


「なんだよ、意味わかんねぇッ! それよりもお前! もみじに何をしたッ!?」


冥王リベラティオは一心いっしんを見て微笑むと、彼に何も答えることなく宙にある黒い空間と共に消えていく。


一心は何もできないままただその光景を見ていると、すぐに我に返ってもみじに声をかける。


「大丈夫かもみじ!? 生きてるよな!? 死んでねぇよなッ!?」


「だ、大丈夫だよ……」


もみじは全身から血を流しながらも生きていたが、その姿からしてもう動けそうになかった。


だが彼女には絶縁者アイソレーターとなったことで得た魔法――癒しの力がある。


一心はすぐにでもその力を自分に使うように言ったが、もみじは苦しそうにしながら首を左右に振る。


「なんでだよ!? まさか魔力が切れたのかッ!?」


「違う……。私の力は、自分には使えないの……。理由はよくわからないけど、やっぱり悪魔の力だから、そういう意地の悪いものなんだと、ガハッ!」


「もみじッ!? クッソッ!」


血を吐き出し、息も絶え絶えのもみじを見て、一心は考える。


冥王リベラティオが消えてくれたのは、むしろ運がよかった。


飛びかかっていってもみじを一瞬にして血塗れにした力がなんなのかはわからないが、きっと今の自分では歯が立たないことは理解できる。


だが、それでも状況はよくない。


冥王によってニッコロ·ロッシが復活したのだ。


ニッコロはただやみくもにそこら中へ燃えるナイフを放っている。


そのことから、人型の炎と姿を変えたニッコロが敵を認識できてはいないことがわかる。


皆がいる武器のある部屋へと向かった鬼頭おにがしらのことも心配だが、このままでは屋敷全体が焼き尽くされてしまう。


どうすればいい、どうすればいいのか。


しばらく悩んでいたが、一心はもみじをそっと床に寝かして立ち上がる。


「やっぱやるしかないよな……」


「無茶だよ、あんた一人じゃ……。ここは一度逃げて……」


「時間がねぇ。この廊下も、武器のある部屋も、最初にヤツが来た部屋も燃えてるんだ。早くしてないと屋敷が崩れて俺たちも生き埋めになっちまう」


「だったら私も……」


「いいからもう喋んなよ、もみじ。それ以上無理すると死んじまうだろ」


一心はそう言ってもみじに背を向ける。


燃える廊下で暴れ回っているニッコロ·ロッシのことを見据える。


そして、その全身からは目に見えるほどの魔力が溢れ出していた。


「この火の海、まるで地獄だな。だがよぉ、こんなもんたいしたことねぇ。俺は生まれてからずっと地獄にいたからな」


「一心……」


「お前もそうだろ、もみじ? お前が死ぬ覚悟で魔導具を体にぶち込んだときと比べたらよぉ。こんなもん全然大たいしたことねぇッ!」


固く拳を握り、一心は言葉を続ける。


「同じ地獄でも、今の俺たちには戦える力がある。何が良くて何が悪いか自分で選べる自由がある。そう考えたらよぉ、なんでもやれる気にならねぇか?」


もみじのほうへと振り返り、一心は笑ってみせた。


そして、我を忘れて暴れ回っている人型の炎――ニッコロ·ロッシへと飛び出していった。


燃える廊下を走り、呼吸すらも苦しい状況だが、一心は怯むことなく向かっていく。


冥王リベラティオを前にしたときこそ動けなかったが、今はこの状況をなんとかするのだと、全身から魔力を放ちながら駆けていく。


もみじが倒したフェラーリ·ラ·フェラーリの化け物――車のマテリアル·バーサーカーも燃えている横を通り過ぎ、ニッコロの顔面に向かって拳を振り上げた。


「ぐッ!? やっぱあっちぃなッ!」


ニッコロの顔面に拳を叩き込んだ一心だったが、炎そのものとなっている敵に触れただけで手が焦げてしまっていた。


自分の肉が焼ける臭いを嗅ぎながら、それでも攻撃を続けたが、当然ニッコロも反撃してくる。


「ウォォォンッ!!」


ニッコロは廊下中を飛び回っている燃えるナイフを、すべて一心へと向かうように軌道を変えた。


前後左右から飛んでくる燃えるナイフを前に、一心に逃げ道はない。


どうにかして防がねばならないが、すでに囲まれていた一心には振り払う以外の選択しかもうなかった。


しかし全方位から向かってくる攻撃を防げるはずもなく、肩口や足に燃えるナイフが突き刺さってしまう。


突き刺さったナイフはその身を焦がし、流れる血も蒸発していく。


一心の体から血煙が立つ。


そんな状態でもニッコロは手を緩めない。


傷ついた敵に止めを刺そうと、一心を目掛けて突っ込んでくる。


殴っても駄目。


組んでも駄目。


その身を焦がす悪魔に、一心は手の出しようがなかった。


身を固めたまま、ただニッコロの燃える身体から繰り出される攻撃を受けるしかない。


(こんなのもう詰んでんじゃねぇかッ! なんか、なんか手はねぇのかよッ!?)


一心不乱に、まるで子供の喧嘩のように腕を振り回すニッコロの拳をガードしながら、一心は思考を巡らすが、そんな都合よく攻略法が思いつくはずもない。


唯一の救いはニッコロに自我がないことだろう。


先ほどから見ている限り、彼はただ目の前にあるものを破壊していくだけだ。


「このままじゃッ!?」


一心が声を漏らしたとき、突然ニッコロの体が吹き飛ばされた。


吹き飛んだニッコロが火の海の中へと消えていく。


「お、お前……?」


「しっかりしなさいよ、あんた! こんな状況なんてたいしたことないんでしょッ!?」


一心を助けたのは、血塗れで動けないはずだったもみじだった。

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