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もみじは首だけとなった敵を見て、胴体のほうへと近づくとその場で屈む。
そして彼女が握った拳を振り落とすと、ニッコロの身体は光の粒子となって消えていった。
マテリアル·バーサーカーが倒されたときと同じで、悪魔もまた魔獣と同じく、魔力のこもった攻撃で絶命すると死体すら残らないのだ。
「やっちゃったかと思ったけど、こいつまだ生きているな。もしかして、まだ戦えるのか?」
一心が首だけになったニッコロを見ながらそう言うと、もみじは立ち上がって彼の隣に並ぶ。
彼女の握った拳はそのまま――その様子からして悪魔はたとえ胴体を失っても戦えることが見てとれる。
「かなり消耗しているとは思うけど、まだ油断はできない。不要に近づかないようにね」
「やっぱ生きてんだな。いやいや死んでなくてよかったよ。こいつからはホロがいる場所を聞かなきゃなんねぇんだから」
もみじの返事を聞き、一心がホッと全身の力を抜いていたとき、ニッコロのその命は尽きかけていた。
魔力を持つ者――悪魔や
一心やもみじのように戦闘時に魔法を多用しないタイプは別として――。
ニッコロは身体を肥大化させたり炎を出したりと最初から全力で戦っていたせいもあり、もはや彼には自分の意識を保つことすら辛い状態になっている。
「オ、オレは、死ぬのか……こんなところで……ファミリーを守れずに……」
呻き声を出しながらニッコロは自分の死を感じていた。
今の状態でももみじの持つ癒しの力を使えば生きることはできるが、胴体を失った悪魔はもう二度と以前のようには戦えない。
それこそ悪魔を超える存在の力がなければ――。
「おい、もみじ! なんだよあれ!? なんかあいつの上に出てきたぞ!」
首だけとなったニッコロの真上に、突然魔法陣が現れた。
天井近くに現れた魔法陣は、まるで扉のように開くとそこには真っ黒な空間が広がっているのが見える。
その黒い空間からは、全身から顔までも白い法衣で覆っている人物が上半身を覗かせていた。
もみじは、その人物の姿を見て声を荒げる。
「冥王リベラティオ……? な、なんでこんなところにッ!?」
いつもなら空気を読まずに訊ねる一心だが、現れた冥王と呼ばれた人物ともみじの動揺からそれができなかった。
ただそこに白い法衣で人物がいるだけで全身が震えてしまう。
こいつはヤバイと、いくら鈍い一心でも現れた人物の危険さを本能的に感じ取っていた。
「我が使徒の懇願により、我は契約者の前に現れた……」
冥王リベラティオは男性とも女性とも思える声で、ニッコロへと声をかけた。
ニッコロは恐怖に怯えた表情で冥王を見上げている。
そして、契約時に聞いた言葉を思い出す。
「君が死んだ後、その魂はボクらの神のものとなる。そうなったら君の魂は二度と安息を迎えることはないよ……」
白いキツネの悪魔ホロの言葉。
契約で悪魔となった者が死ねば、その魂は冥府の神のものになる。
それが悪魔となった契約者の代償。
死んだ後のことなど考えるかとその場で言っていたニッコロだったが、今さらながら後悔していた。
目の前に冥府の神が現れたことで、彼はその代償の重さを感じ取っていた。
冥王リベラティオは契約者に語りかける。
「足掻く者よ。そなたの命は今まさに尽きようとしている。このままでは超越した力を得た代償として、そなたの魂を我に捧げねばらない」
「あぁ……あぁ……」
ニッコロは語り掛けられても何も答えられない。
冥王の口調はとても穏やかだが、彼の頭の中は恐怖で支配されていた。
それは傍で見ている一心やもみじも同じだった。
見る限りではとても屈強とは程遠い姿をしている冥王リベラティオだが、その体から放たれている瘴気にあてられ、思うように動くことができずにいる。
「だが、もしまだ生きたいと願うのであれば、道がないわけではない」
冥王は、ただ自分のことを見上げているだけのニッコロに言葉を続ける。
「そなたが思い描く最大の欲望を解き放つのだ。生への執着、または死に切れぬ想いを、その懇願を」
首だけのニッコロの真下に魔法陣が現れ、彼を包んでいく。
やがてその光の中からは、人の形をした炎が現れた。
周囲に燃えるナイフを引き連れたその異形の物体には、もはやニッコロの面影など一切ない。
強いて言えば、ナイフでの戦いにこだわっていたところが残っているくらいか。
「ウォォォォォォンッ!!」
人型の炎となったニッコロ·ロッシは咆哮すると、燃えるナイフを全身から放った。
一心ともみじはこれをなんとか躱したが、放たれた燃えるナイフによって廊下全体に火がつき、周囲が火の海へと変わっていく。
「我が使徒の願いは叶えられた。その命が尽きるその時に、また逢おう」
「逃がすかッ!」
もみじは、捨て台詞を吐いて去って行こうとしたリベラティオに向かっていった。
震えていた体を無理やりに押さえつけ、気合だけで飛びかかる。
そんなもみじを見た冥王は、特に反応することもなく、そっと彼女のほうに手を翳した。
すると次の瞬間には、もみじは全身から血が噴き出していた。
一体何をされたのか理解できないまま、彼女はその場に倒れてしまう。
「もみじッ!」
ここでようやく一心が動き出し、もみじのもとへと駆けだした。
冥王リベラティオは、もみじの身体を抱き起した一心を見ると、今度は何もしなかった。
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