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虎徹こてつしずかは、舌打ちしたニッコロ·ロッシを見て後退りながらも身構える。


二人とも鬼頭おにがしらとは違い、職業軍人ではないが、幼い頃から異形の者との戦い方を教わってきた神職の家系だ。


絶縁者アイソレーターのような常人を超えた力こそ持たないが、対魔組織ディヴィジョンズのメンバーになってから、何度も死線を潜り抜けている。


だが二人が悪魔やマテリアル·バーサーカーと戦えるのは、それぞれ両親から受け継いだ魔力を持つ武器のおかげだ。


現時点でそれはない。


素手では戦いようがない。


ましてや相手は悪魔と魔獣のセットだ。


これは分が悪いどころの騒ぎではなかった。


「これはとんでもなく不味い状況……。ねえ、虎徹。ここから起死回生の一手はある?」


「起死回生ではねぇけど、死なない方法ならあるぞ」


いつもの調子で答えた虎徹のほうに、静の視線が動く。


虎徹は冷や汗を掻いていた。


顔も青ざめていて、どう見てもこの場を乗り切れる策を持っているようには見えない。


だが、それでも虎徹は静に言う。


「幸い武器のある部屋まではあと少しだ。そこまで走るしかねぇ」


「……もったいぶっていたわりには大したことない作戦」


「そう言うなよ。何もないよりはマシだろ?」


「まあ、そうかも」


「よし、次に奴が動いた瞬間が合図だ」


二人は言葉を交わし合うと、すり足でさらに後退した。


一方でニッコロは見つけたのがもみじではなかったのもあって、虎徹と静から目をそらし、大きくため息をついている。


この状況でも生き残るチャンスはある。


敵の態度からもそれがわかる。


武器さえあれば――虎徹と静がゴクッと息を飲んだ次の瞬間、ニッコロが乗っていたフェラーリ·ラ·フェラーリ――車のマテリアル·バーサーカーが咆哮した。


二人はそれと同時に駆け出す。


いくら二人の足が速くても所詮は人間の脚力。


フェラーリ·ラ·フェラーリのスピードから逃げられるはずはない。


そんなことはわかりきっていたが、虎徹には先ほど口にしていたように“死なない方法”があった。


それは――。


「ちょっと虎徹ッ!? なんでッ!?」


静の隣を走っていたはずの虎徹は突然足を止め、破壊されていた廊下の瓦礫から一枚の絵画を手に取っていた。


彼が言った“死なない方法”とは、静だけを逃がすというもの――。


自分が敵を足止めして彼女を武器のある部屋に送るというものだったのだ。


「いいから走れ静ッ!」


「くッ!? 必ず戻るから! 絶対死ぬなよバカッ!」


静は虎徹の策を理解し、歯を食いしばって走った。


武器を取って急いで戻れば大丈夫だと、自分に何度も言い聞かせ、けして振り返ることなく全力疾走する。


絵画を持った虎徹の前では、車のマテリアル·バーサーカーの急停止させたニッコロが笑みを浮かべていた。


次第に小さくなっていく静の背中を一瞥すると、ニッコロは虎徹に声をかける。


「女だけでも逃がそうってのか? しかもそんな武器にもならねぇ額縁を持ってよぉ」


「これも作戦だよ。あいつのほうがオレよりも足が速いからな」


「言うねぇ。お前、惚れてんだろあの女に。見りゃわかるよ」


ニッコロが不敵に笑うと、車のマテリアル·バーサーカーはボンネットを大きく開き、その中に詰まっている鋭い鮫のような歯を剥き出しにした。


そんな魔獣をどうどうとなだめながら言葉を続ける。


日本人ジャポネーゼの男は女に冷たいと聞いてたんだが、いいねぇ、気に入ったよ、お前」


「悪魔に気に入られても嬉しくないね。つーか、ずいぶんと流暢な日本語を話じゃねぇか、それも悪魔の力か?」


「どうでもいい話で時間を稼ごうってのが見え見えだぜ、色男フィギッシモ。だが残念だったな。あの女が走ったほうには、ちょうどもう一匹いるんだわ」


「なにッ!?」


ニッコロの言葉を聞いた虎徹の顔が青ざめた。


恋人を救うつもりが、逆に静を危険なほうへ向かわせてしまったのかと、敵を目の前にしながらも思わず振り返ってしまう。


すると、こっちを向けと言わんばかりに車のマテリアル·バーサーカーが叫んだ。


今すぐにでも虎徹に喰らいつかんばかりに不機嫌そうに吠え、反対にその屋根の上にいるニッコロはご機嫌な様子だ。


「安心しろよ。ちゃんとお前らがあっちでも一緒になれるように、キッチリ地獄インフェルノへ送ってやるからよ」


ボンネットを開けてよだれを垂らすフェラーリ·ラ·フェラーリに睨まれながら、虎徹は顔をしかめることしかできなかった。


そして、ただ静の無事を願った。


――もみじたちが屋敷内へと戻り、虎徹と静がニッコロと遭遇していたとき。


一心いっしん鬼頭おにがしらは屋敷内を破壊して回っていた三体いるうちの一体、シボレー·コルベット――車のマテリアル·バーサーカーと戦っていた。


鬼頭は魔獣にも通用する魔力のこもった弾丸が入った拳銃を所持し、一心が絶縁者アイソレーターということもあって、二人は逃げることなく敵を迎撃する。


「今だ一心ッ! 奴の上へ飛びかかれ!」


「オッケー鬼頭さんッ! って、こいつの頭ってどこだ?」


一心は一瞬迷ったが、シボレー·コルベットの真上へと跳躍し、開いていたボンネットへ拳を叩き込む。


絶縁者アイソレーターの力により、魔獣の持つ魔力によるシールドは貫かれ、車のマテリアル·バーサーカーは、人間と同じ真っ赤な血を噴き出しながら沈黙した。


「ハッハハ! なんだよ、こいつ強いかと思ったら、鬼頭さんの指示通りやったら楽勝じゃねぇか!」


「笑ってる場合か。急ぐぞ。向こうから人の声が聞こえた。誰かが敵と遭遇しているかもしれん」


こんなときに笑っている一心に呆れながらも、鬼頭はそんな彼を頼もしく思っていた。


それから二人は武器のある部屋ではなく、声が聞こえたほうへと向かった。

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