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――姫野ひめの家にやって来てから一夜明け、一心いっしんたちはこの屋敷の老執事であるげんの作った朝食を皆で食べていた。


大きなテーブルにそれぞれ席につき、向かい合っての食事だ。


朝食のメニューは、トーストパン、卵焼き、鶏ささ身のてり焼き、カリフラワーの香草焼き、サラダで、豪華な屋敷のわりにずいぶんと質素で庶民的なものだった。


これはもみじとゆきの一日の摂取カロリーが2800kcalと決められているからで、彼女たちの栄養管理を考えてのことだ。


姫野家の献立は、栄養価を考えながら二週間ごとに立てられている。


当然それを考えているのは源だ。


十代の男子で活動量が低い場合はおよそ2000~2400kcal程度で、十代の女子で活動量が低い場合は、1400~2000kcalが目安だと言われている。


部活などで活発な運動習慣がある場合でも、男子で3100kcal、女子で2550kcalだが、姫野家の食事は平均的な数値よりも少し高めになっていた。


以前はもっとプロのアスリートのような食事が出ていたときもあったが、育ち盛りの女子にそれはあまりにも寂しいという源の配慮によって、こうした普通の料理が出されている。


ちなみに昨夜の料理は、串なし焼き鳥(ネギ多め)と鮭とレタスのチャーハン(米少なめ)だった。


ゆきが甘いもの好きだというのもあって、食後にデザートが出ることが多いが、これでも決められている範囲内だ。


「こりゃうまいなッ! 鬼頭おにがしらさんの作ったメシもうまいけど、こいつはプロだよマジで!」


「お褒めの言葉をありがとうございます、一心さま」


一心が源の作った料理を褒めると、部屋の隅に立っていた源が頭を下げていた。


鬼頭、虎徹こてつしずか三人も、彼に続いて料理の美味しさを口にしている。


そんな和やかな空気の中で、ゆきだけは苛立っていた。


昨夜でのトレーニングルームのことがあったせいもあるのだろうが、いつもなら落ち着いた雰囲気で過ごす朝食の時間が騒がしくなっていたのが大きい。


「源じいさんマジでスゲー! これなら俺、朝からいくらでも食えちゃうよ!」


だが、一心はそんなゆきの苛立ちなど気にせずに、ガハハと大声で話ながら料理をかっ食らっていく。


「くッ、優雅な時間が台無しです……」


「まあまあ、賑やかなのはいいじゃない。私はこうやって皆で食事をするのって、ちょっと憧れてたんだよね」


「お姉さまがそう言うなら……。でも、あの男はもう少し静かにしたほうが良いと思います」


姉であるもみじに諭され、ゆきもこの雰囲気を受け入れようとしていたが、やはり一心の態度は気に入らないようだった。


それでもゆきは一心に直接文句は言わず、そのまま眉間に皺を寄せながら食べ続けていた。


それから食事を終えると、源が紅茶を皆に入れる。


鬼頭は出されたカップを手に取って一口飲むと、皆に向かって口を開いた。


「固くならずに聞いてくれ。実は、今朝に南米方面にいたディヴィジョンズのメンバーから通信が入った」


皆の表情が真剣なものへと切り替わる。


一心以外は全員戦う者の顔へと変わる。


それは紅茶を入れている源もだったが、一心はどうでもよさそうに――いや、むしろ鬼頭が言ったように、リラックスしたままだった。


そんな彼の態度がゆきを苛立たせるが、今はそんなことよりも通信の内容だと、彼女は鬼頭のほうへ顔を向ける。


「報告によれば俺たちが沖縄を出た後に、南大洋から魔力反応のある未確認飛行物体がアジア圏へと向かっていたそうだ。間違いなく過越の祭パスオーヴァーだろうと思われるが、ニッコロ·ロッシかどうかはこちらに知らされてはいない


「その南米にいたヤツは見てただけなのかよ? 飛んできたのが間違いなく過越の祭パスオーヴァーだってのにさ。連中はディヴィジョンズの敵なんだろ?」


一心が椅子に思いっきり寄りかかりながら訊ねると、鬼頭は答える。


「迎撃しようとしたらしいが、向こうは完全に無視して飛んでいってしまったようだ」


「なんだ逃げられたのか」


「相手は空を飛べたようだからな。南米には浮遊できる能力を持つ絶縁者アイソレーターがいないのもあって、逃げの一手を取られた、逃がすのもしょうがないだろう」


「えッ!? 飛べるヤツなんているのかッ!? 俺の能力はまだ何かわかんないけど、そういう空を飛べる系だといいなぁ」


「同じ能力を持った絶縁者アイソレーターは現れないというデータがあるから、そいつは難しいだろうな」


「マジかよぉ……。じゃあ、俺が魔法で飛べるようになる可能性はゼロってことかぁ……」


鬼頭の言葉を聞いてガクッと肩を落とす一心。


そんな彼を見て鬼頭が微笑んでいると、話が脱線したことに苛立っていたゆきがわざとらしく咳払いをした。


コホンと部屋に響き渡ったその音で、鬼頭が我に返ると話をもとに戻す。


「話がずれたな。俺はこの未確認飛行物体はニッコロ·ロッシだと思っている」


その南米方面で確認された未確認飛行物体がアジア圏へと向かっているところからして、沖縄で逃げられたニッコロ·ロッシであることは確定している。


悪魔となったニッコロならば単独で空を飛べてもおかしくはなく、何よりも敵は日本にいるディヴィジョンズへ宣戦布告していた。


確認されたのが数日前という話からして、すでにニッコロ·ロッシが日本へ到着していると思われると、鬼頭は自分の考えを述べた。


「では、ここへ来るのも時間の問題ということですね」


「そうだな。ニッコロ·ロッシが悪魔となったのなら絶縁者アイソレーターの居場所を探すのは簡単だろう」


静の言葉に鬼頭が答えると、虎徹が口を開く。


「なら厳戒態勢を敷くって感じですね。まあ、この屋敷じゃそんな大それたことできなそうですけど」


「んなもんいらないだろ」


一心はそう言うと、席から立ち上がって皆に向かって笑みを見せた。


「敵が来るなら倒しちまえばいいだけだ!」

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