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――その後、食事を終えた
だが、屋敷の外へ出なければいいと言われたものの、彼にはすることがなかった。
これまで母親から玩具の一つも与えられず、叔父と暮らしていたときは虐待をされる生活を送っていたせいか、一心には何かをして時間を潰すという感覚がなかったのだ。
いきなり暇を与えられても、一人ではどうしても持て余してしまう。
それでも宛がわれた部屋のベットでなんとなく寝転んでいたが、すぐに飽きて廊下へと飛び出す。
「こういうときって、みんな何してんだろ……」
長い廊下を歩きながら、一心は皆が何をしているのかが気になり、各ディヴィジョンズのメンバーがいる部屋を回ることにする。
最初に一心が向かおうと思ったのは、
それは、鬼頭ならきっとこの持て余した時間の使い方を教えてくれると思ったからだ。
ちなみに会いに行く順番は――。
鬼頭→
この順である。
一心は
「それにしても広い家だよなぁ。こんなとこに三人だと、部屋が余りまくっちゃうよな」
独り言を呟く一心。
彼はそんなことを思いながら、古いながらも格式のある屋敷内を進んでいると、前からもみじが歩いて来ていた。
彼女の姿を遠くから見た一心の口から、思わず声が漏れる
「トゥルー……? いや、もみじか……」
もみじがトレーニングウェアを着ていたせいか、一心は一瞬だけ彼女の姿がトゥルーと重なった。
いつも自分の顔を隠すように深くフードを被り、上下ともに動きやすりトレーニングウェアを着ていた
もう乗り越えたつもりでも、トゥルーの死はまだ一心に大きな傷として残っていた。
短い間だけだったが、まだ十代である彼にとって、彼女と白いキツネの悪魔ホロと過ごした日々は、一番の宝物として今でも光り輝いている。
「こんなとこで何をしてるの?」
「お前こそ、何をしてんだよ?」
一心は落ちた気持ちを悟らせないように、引きつった笑みを浮かべて訪ね返した。
もみじは、そんな彼の顔を不可解そうに見ながらも答える。
「この格好を見てわからないの? 鬼頭さんたちと話が終わったから、これからトレーニングするつもりだよ」
「そっか。なあ、俺もついてっていいか? やることなくて暇なんだよ」
「別にいいけど。別に遊ぶわけじゃないのはわかってる?」
「似たようなもんだろ。トレーニングも遊びも。ともかく俺は暇なんだって。特にやることもねぇし」
一心はそう言うと、少し煙たそうにしていたもみじに強引についていった。
相変わらず空気を読まない奴だと思いながら、もみじは彼と再びトレーニングルームに入る。
空調が効いている影響か、トレーニングルーム内には先ほど――一心とゆきがスパーリングをしたときの熱気はなくなっていた。
時間が経っているので当然といえば当然なのだが、一心は少し驚いているようだった。
それは彼の経験で、密封された部屋の空気が変わること事態、あり得ないことだったからだ。
「ほら、さっさと着替えてきなさい。トレーニングウェアはあんた用のロッカーに新しいのを源じいが入れてくれているはずだから。私は先に始めてる」
「あッズルいぞ、もみじ! ちょっと待ってろよ! すぐに着替えてくるからな!」
「一体なにがズルいんだよ……」
ルーム内にある更衣室へと走った一心のことは放って、もみじはランニングマシンへと乗り、スイッチを押して走り込みを始める。
通常ジムにあるようなランニングマシンが出せる最高速度は12~16km/hまでのものが多い。
中には、20km/hの速度が出るランニングマシンもあるが、姫野家にあるこのランニングマシンは200万円以上はする機種であるため、それを超える。
そのスペックは、パフォーマンスと耐久性に優れた業務用トレッドミルの最上位機種。
独自の傾斜オプションと時速16マイル(25.5km )の最高速度。
Integrated Footplant Technology™ (IFT) と Ground Effects® 衝撃コントロール (GFX) によりスムースで自然なランニングとウォーキングを実現する優れものだ。
これが何台も並び、さらには他にも最新機種を自宅にそろえてあるのを見れば、姫野家がどれだけ裕福なのかがわかるだろう。
もみじが走っていると、着替えてきた一心は慌てて向かってくる。
「なんだよ。待ってて言ったのにぃ」
「なんであんたを待たなきゃいけないんだよ……」
「なあ、俺もこれやりたい。やってみていいか?」
「好きにすれば」
一心はぐずっていたが、すぐに表情を明るいものへと変えてランニングマシンに飛び乗る。
そして、もみじに操作方法を聞き、彼女と同じ条件でランニングをスタートさせた。
「なあ、これ。遅くないか?」
「いいの。こんなもんで。むしろ初めてやる人間には速いほうだよ」
ランニングマシン初心者は、速度7km/hからスタートするとよいと言われている。
速度7km/hは、ランニングよりもゆっくりと走るジョギングのスピードなので、無理なく走ることができるだろう。
このスピードで余裕があれば、徐々に速度を上げていくのが適切な使用方法だ。
一心はもみじと設定を同じにしているので、ランニングマシンの速度は12km/hだった。
それでも彼が遅いと感じていることに、もみじは正直驚いていたが、そのことは黙っていた。
それから二人が会話もなく30分ほど走っていると、一心はいい加減に飽きたのか、もみじに声をかける。
「なあ、もみじ。お前がディヴィジョンズに入ったのって、やっぱ父さんの仇を討ちたいからなのか?」
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