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――トレーニングルームから出て、皆と大広間へと移動した一心いっしんは今さらながら姫野姉妹の屋敷に来た理由を聞いた。


どうやら鬼頭おにがしらが各国にいるディヴィジョンズの部隊長らに沖縄でのことを報告した後に、悪魔となったニッコロ·ロッシが自分たちを狙っていることも伝えたようで、現れたニッコロを捕らえるように言われたようだ。


実際に沖縄での戦闘後に過越の祭パスオーヴァーに動きはないようで、奪われた魔導具の解析結果が出たのもあり、ひとまずは敵の出方を待つといった結果になったと言う。


「それはわかったけど、なんでもみじとゆきの家なんだよ? 対魔組織っていうくらいなんだから秘密基地くらいあるだろ?」


不機嫌そうに訊ねた一心。


その顔は、ゆきの着替えを不可抗力とはいえ覗いたせいで殴られ、腫れ上がっている。


鬼頭が答えようとすると、もみじが一心の顔を見てにやけながら言う。


「ディヴィジョンズには専用の施設なんてないんだよ。装備とか補給とか魔導具の保管場所は、基本的に自衛隊のものを使わせてもらっているの」


もみじの説明に、鬼頭が補足する。


「専用の基地がない分、うちは国が管理している施設ならどこでも優先して使用できるようになっているんだ」


「ちょっと待てって。それじゃなんでもみじたちの家に来たのかの説明になってねぇよ」


一心が説明に不満を言うと、ゆきが彼以上に不機嫌そうに会話に入って来る。


「ここならメンバー全員がストレスなく過ごせますし、何より戦闘になっても一般人の被害が出ませんから。それぐらいわかりそうなものですけどね」


「わかるかよ、そんなの。第一にここに住んでいるげんじいさんも一般人だろ。巻き込んでんじゃねぇか」


「源じいの心配ならいりません。あの人は武器さえあれば自分の身くらい守れますから。もしかしたらあなたよりも頼りになるかもしれませんね。それに源じいは人が入っているときにシャワールームを覗いたりしないですし」


「それは悪かったって言ってるだろ! ったく、いちいち突っかかってくんなよな」


「わたしは事実を言ってるだけです」


「だからそれをやめろって言ってんだよ!」


「うるさいです。嫌いです」


「お前なぁッ!」


二人が言い合いを始めると、虎徹こてつが一心を、しずかがゆきをそれぞれ「まあまあ」と宥めた。


険悪な雰囲気の中、鬼頭が肩を落としながらも口を開く。


「ともかくだ。この屋敷でニッコロ·ロッシを迎え撃つ。上からは捕らえろという命令が出ているが、無理なら始末して構わん。それでどの程度の戦力で奴が来るかだが……」


「多分ですけど、ニッコロ·ロッシは一人で来ると思いますよ。口ぶりからしてそんな様子でした。もし仲間を連れてきたとしてもマテリアル·バーサーカーを数体といったところじゃないかと思います」


もみじは表情を真剣なものへと切り替えて、鬼頭に進言した。


沖縄の那覇駐屯地でゆきのノートパソコンの画面に現れたニッコロ·ロッシは、明らかに過越の祭パスオーヴァーの命令で動こうとしているというよりは、私怨でこちらを狙っているようだった。


共にいた白いキツネの悪魔ホロも、ニッコロの話では動けないほど消耗していると言っていたのもあって、そんな大規模な戦闘にはならないと予想される。


その進言に、もみじと共にニッコロ·ロッシの姿を確認した虎徹と静、ゆきも同意する。


「では単独行動での襲撃だと仮定して、それでも敵は勝算があると踏んでいるわけだ」


鬼頭は顔をしかめた。


それは、これまで過越の祭パスオーヴァーの幹部と契約して悪魔になった者の実力を知らないのもあったからだった。


ゆきが調べ上げた文献の中には、過去に何人も悪魔となった人間のことが記載されていたが。


現在で確認されている者がいないのもあって、敵のデータがまるっきりないのだ。


不安に駆られてもしょうがない。


「でも、なんとかなるだろ。悪魔だっていってもホロだって俺ともみじで倒せたし。実際は大したことないんじゃねぇ?」


「白いキツネの悪魔に関しては転移魔法使用の影響で、お前たちと戦う前からかなり魔力を消費していたと考えられる。一概に比べられないと思うが……。それにニッコロ·ロッシが一人で来るのかも仮定の話だ。数体のマテリアル·バーサーカー以外にもう一体の悪魔がいるだけで大分話が変わってくる」


「心配し過ぎだよ、鬼頭さんは。あのときは俺ともみじだけだったけど、今回はみんないるんだ。絶対に勝てるって」


気楽に言う一心に、ディヴィジョンズのメンバーは皆呆れていたが、それでも重かった空気が変わっていた。


たとえ楽観的な発言でも、彼の前向きな言葉が全員の心を軽くする。


一心はさらに言葉を続ける。


「それにもみじは傷を治せるじゃん。それならこっちは全員不死身みてぇなもんじゃねぇ? 負けっこないって」


「そんな単純な話ならいいんだかな……」


「なに? 俺、なんか変なこと言った?」


一心が鬼頭の返事に小首を傾げていると、彼以外の全員が大きくため息をついた。


それでさらによくわからなくなった一心だったが、そこへ姫野家の老執事――川上かわかみ·げんがやって来る。


源は皆に向かって慇懃に頭を下げると、食事の準備ができたことを伝えた。


「やった! ちょうど腹が減ってたんだよ。とりあえずメシにしようぜ!」


一心が声を張り上げて席から立ち上がり、源の背中を押して大広間を出て行く。


「あのバカ、まだ会議中ですのに……」


「まあ、いいだろう。ここらで食事を取ることにしよう」


ゆきがぼやいたが、鬼頭は一心の言う通り食事を取ろうと皆に言った。


それから全員渋々ながらも腰を上げ、皆で二度目のため息をつきながら先に出ていった一心たちの後について行った。

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