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自分よりも弱いと思っていた少女の余裕のある笑顔。
その表情を見た
「ちょっと落ちつきなさい」
「いいからやらせてくれよ! 俺はまだ負けたわけじゃねぇッ!」
一心がここまで続けたがるのは、何もプライドが傷つけられたというだけではなかった。
彼に格闘技のいろはを教えたのは、悪魔側の
彼女は白いキツネの悪魔ホロと共に一心を利用していたが、それでも彼にとっては今でも恩人。
自分が負けるということは、トゥルーが敗北するということ――その事実に一心は耐えられなかったのだ。
一心がトゥルーから格闘技を習ったのは短期間というのもあって、幼少期から本格的にやっていたゆきのほうが技術は上だが、それでも彼は負けを認められない。
喚いている一心を静が抑えていると、そこへもみじが口を挟んでくる。
「静さん。続けさせましょう」
「でも、お嬢。このまま続けても……」
静は渋る。
レフェリーとしてというよりも、これ以上スパーリングを続けても、先ほどと同じく一心が一方的にやられるだけだと彼女は判断している。
だが、もみじはそれでも続けるように言う。
「一心にも何か考えがあるから続けたがっているんじゃない? ねえ、そうでしょ?」
「うん? ああ、俺が習ったことはこんなもんじゃねぇ。まだやれる」
一心は少し落ち着いたのか、声のトーンを落として静の傍から離れた。
そんな彼を見てから、もみじはゆきにも訊ねる。
「ゆきはどう? まだやれる?」
「当然です。わたしはまだ一発も当てられていないですからね」
妹の返事にもみじはニコッと微笑むと、何も言わずに静のほうを見た。
静は一心とゆきを交互に見ると、大きくため息をつきながらも続けることを承諾する。
そして、ひとまず両者をコーナーへと下がらせた。
仕切り直しというわけだ。
「やられたな、一心」
一心がコーナーに戻ると
その言葉にムッとふて腐れた一心は、虎徹を無視すると、コーナーポストに背を預ける。
「何か策はあるのか?」
彼は、トゥルーからはパーリングとバックステップの対処法など教えてもらっていない。
それも当然だ。
一心がトゥルーから格闘技を教えてもらったとはいっても、それはあくまで
能力頼りである一心には、正直今の段階でゆきを倒す術はない。
それでも一撃も当てないまま負けるのは、トゥルーが負けたようで嫌だといった感じだ。
口元がへの字にしている一心に、鬼頭は構わず話し続ける。
「何もないのか? なら、掴むことにこだわり過ぎないほうがいい。とりあえず距離を取って当てに行け。お前も最初はそうやろうとしていただろ?」
「でも、当たらねぇんだよ。シュッシュッて逃げやがってよ。取っ組み合いなら俺のほうが強いのに」
「それでも追いながら打っていけ。ゆきだってお前を倒そうとしているんだ。必ず手を出してくる。今度はお前のほうから誘ってみるんだ」
「あん? 俺から誘う? よくわかんねぇよ、鬼頭さん。もっとわかりやすく言ってくれ」
「ほら、始まるぞ。行ってこい」
鬼頭はそう言って一心の背中を叩いた。
一心は、鬼頭が何を言っているのか理解できないままリング中央へと向かう。
そして、考えてみる。
言われてみれば意地になって掴み掛かっていたかもしれない。
捕まえれば自分のほうが上だと、あの生意気な少女に身体でわからせられると。
それにゆきからの攻撃は、すべてこちらの隙を突いてきたものだ。
ここは鬼頭の言う通り、ジャブやローキックを重ねていってみるか。
一心はそう思いながら深呼吸するとリング中央で足を止め、ファイティングポーズをとった。
目の前にいるゆきを見据え、先ほどの喚きっぷりはどこへやら、実に落ちついた表情だ。
「これで最後。次はない。二人ともいいね?」
静が一心とゆきに声をかけると、二人はコクッと頷いた。
それから先ほどと同じように拳を突き出し、オープンフィンガーグローブを突き合わせて試合開始。
すると一心は、開始と同時に左のミドルキックを放ち、続いて右の横蹴り――サイドキックを繰り出す。
ミドルレンジでの打ち合いなら、二人の体格差から考えれば完全に一心の距離だ。
だが、これも当然ゆきはバックステップで躱す。
そして、離れていた間合いを一気に詰め、ゆきは一心の懐へと飛び込んできた。
一心はすでに蹴り技での足は戻っていくが、攻撃態勢に入れるほどの時間はない。
(クソッ!? また腹かッ!?)
ボディを守る。
先ほどのイメージが残っていたのもあって一心が両手を下げると、ゆきは待っていたと言わんばかりに屈んでいた状態から上半身を起こし、小さく跳躍。
一心の顔面に向かってヘッドバットを喰らわした。
「ぐわッ!?」
「まだ終わらないぞッ!」
鬼頭の叫び声がその場にいた全員の耳に入った後、仰け反った一心を仕留めようと、ゆきが突進して掌底打ちを繰り出した。
小柄な彼女らしい少しアッパーカット気味の一撃だったが、一心は慌てて顔をそらしてこれを避ける。
「この距離なら逃げられねぇだろ!」
一心は鼻から血を流しながらもゆきを掴みにかかったが、その手はパーリングで叩かれ、ゆきはまるでウサギのようなフットワーク後退。
再び試合は振り出しの距離に戻ったが、一心は試合開始時にやった左のミドルキックからのサイドキックを放った。
当然ゆきはその蹴りをバックステップで躱したが、それを読んでいた一心が彼女の懐へと突っ込んでくる。
(しまった!? ですが、この距離でも叩けるッ!)
ゆきは飛び込んできた一心の動きを読み、彼の出してきた左の拳をパーリングで払ったが――。
「それは囮ッ! 本命は右だよ、ゆきッ!」
もみじが呼びかけで左がフェイントだったことに気が付いたが、一心の振り上げた右の拳はゆきの眼前に迫っていた。
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