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おそらく他にメイドもいないことから、彼一人でこの広い屋敷を管理しているのだろう。
それならば仕事が山ほどあるはずだと思った
「なんだよ、源じいさんも一緒に入ろうぜ」
一心がその背中に声をかけた。
源が再び彼らのほうを振り向くと、鬼頭は申し訳なさそうに手を振って気にしなくていいと合図を送る。
だが、一心は納得がいかないようで鬼頭に向かって訊ねる。
「なに追い返してんだよ、鬼頭さん。源じいさんも俺らと一緒に」
「源さんには仕事があるんだ。いいから中に入るぞ」
そう言った鬼頭は、一心の背中をポンッと叩くと部屋の中へと入って行く。
彼に続いて虎徹と静も部屋へと入り、一心も渋々三人に続いた。
一心がふて腐れながら中へと入ると、その部屋に驚かされ、一気に表情が元に戻る
その部屋は強引にトレーニングルームに改修されており、50m2(約15坪)はある空間が広がっていた。
中央にはリングが用意されており、端にはウエイトトレーニング用の器具やランニングマシン·ルームランナーなどが置いてあった。
「俺たちはたしか屋敷にいたはずなんだけど、こりゃどうなってんだ?」
一心が声を出すと、リング付近にいた少女二人――姫野姉妹が彼らに近づいてきた。
もみじもゆきもスパーリングでもしていたのだろうか。
トレーニングウェアに両手にはオープンフィンガーグローブを付け、汗まみれだった。
「すみません、出迎えもしなくて」
「いや、構わん。こっちこそ悪かったな、トレーニング中に」
もみじとゆきが頭を下げながら鬼頭たちに謝っていると、一心は部屋中あったトレーニング器具やランニングマシンをいじっていた。
トゥルーから格闘技の手ほどきを受け、鬼頭にジムに連れていってもらっていた彼だったが、こういった最新機器が揃ったトレーニング施設を見るのは初めてだった。
ボタンを押して床が動き出すランニングマシンを見て、一心はひとり声をあげている。
「うわッ!? なんか動いたぞこれ! なあ、もみじ。ここにあるヤツ全部お前ちのか? 使ってみてもいいのか?」
子供が遊園地にでも来たかのように、一心は目を輝かせながら訊ねた。
そんな彼を見て、鬼頭たちともみじは笑っていたが、ゆきだけが眉間に皺を寄せてワナワナとその身を震わせている。
「使っていいよ。今日からここでみっちりあんたを鍛えるから覚悟しなさい。動きやすい服も用意してるから、さっさと着替えて」
「おお! これスゲー速いぞ! どんだけ速くなんだよ!」
一心はもみじを無視してまだランニングマシンをいじっていた。
そのマシンの性能に、何故か喜んでいる。
姉を無視したことが引き金になったのか。
ゆきがついに声を荒げる。
「お姉さまが言ってるんです! あなたはさっさと着替えてきなさい! 着替え終わったらわたしが相手になります!」
「へッ? お前が?」
いきり立つゆきを見て一心は鼻で笑った。
スパーリングの相手なら
三人は体格もよく技術も経験もあり、力を開放しなければむしろ一心のほうが押されるほどの実力者だ。
だがどう見ても小柄でしかも年下の少女が、自分の相手ができるとは思えなかったのだ。
実際に
それなのに、この小娘は何を言っているのかと、一心はゆきの申し出を拒否した。
「冗談じゃねぇ。俺は弱いヤツをいたぶるのは好きじゃないんだ。それにさ、自分よりも強いヤツとやらねぇと意味ないだろ? やるならもみじか……ま、お前以外だな」
「怖いんですか?」
「はッ? なに言ってんだよお前?」
ゆきは不敵な笑みを浮かべると、睨んできた一心に背を向けた。
それからリングへと入り、四方を囲むロープに背を預けてしならせ始める。
「わたしに負けるのが怖いんでしょう。自分よりも年下に負けるなんて恥ずかしいですもんね」
「おい、ふざけんなよ。俺は弱い者がイジメが嫌いなだけだって――」
「少なくともッ!」
ゆきはいきなり声を張り上げて一心の言葉を遮ると、続けて静かに言う。
「力を開放していないあなただったら、わたしのほうが強いと思いますけど」
「そこまで言うならやってやるよ! ぜってぇ後悔するぞ、お前! 取り消すなら今だ!」
「やる気になったのなら早く着替えてきてください。わたしは準備万端です」
「ああッ! 言われた通り着替えてきてやらぁッ!」
一心はゆきに叫び返すと、鬼頭の手を引いて更衣室の場所を訊ねていた。
室内の端にそれらしいものがあったが、鬼頭はため息をつきながらも彼と更衣室へと歩いて行く。
その光景を見て、もちろん虎徹も呆れていた。
ゆきは何かと一心に突っかかっていたが、まさかスパーリングをやることになるとは思っていなかったのだ。
それは静も同じで、彼女は傍にいたもみじに声をかけた。
このまま闘わせていいのかと。
「静さんはどっちが勝つと思いますか?」
「ちょっとお嬢。もし遊びで一心とゆきちゃんを闘わせそうとしてるなら、私が今からでも止めるよ」
「遊びじゃないですよ。私が止めなかったのは、あいつとゆきにもっと強くなってもらいたいだけです」
静は、そう言いながら「ククク」と肩を揺らすもみじを見て、これは楽しんでいるなと肩を落とすのだった。
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