37
――悪魔となったニッコロ·ロッシから宣戦布告を受けてから次の日。
意識を取り戻した
強固な外壁にある門を抜け、広い庭を車で走っていくとまるで古い映画に出てきそうな西洋館が見える。
「デカい家だなぁ。こんなとこに住んでるのかよ」
その屋敷を見た一心は、そういえば
ゆきのほうも喋り方がかしこまっていたし、だがそれでもたしか聞いた話では、二人の父親は軍人だという話だったが――。
「二人は姫野財閥の跡取りだったからな」
「財閥? 財閥ってなんだ? 金持ちのことか?」
財閥の意味を訊いてきた一心に、虎徹はハンドルを操作しながら説明を始めた。
姫野財閥は、もみじやゆきの両親のさらに上の代――日本の経済史では、戦前に大手を揮った純粋持株会社である。
すでに姫野財閥は経済界から撤退しているが、その潤沢な資金はまだまだ残っているのもあって、働かないでも資産運用で十分贅沢な暮らしができているようだ。
姫野財閥が経済界から姿を消したのはもみじたちの父親の代からだそうで、後を継いだ二人の父は今でも一族から恨まれているらしい。
「じゃあ、もみじとゆきの父さんってわざわざ軍人になったのか? 意味がわかんないな。だって仕事なんかしなくてもいいんだろ?」
「さあ、オレもそこまでは知らないよ。鬼頭さんなら何か知ってんじゃないですか?」
細かいことを気にした一心に、虎徹は知らないと答えると、話を鬼頭に振った。
だが、彼の座る運転席の真後ろにいる鬼頭は、訊ねられても答えなかった。
よその家の事情をペラペラ話すものじゃないと。
すると運転席の虎徹と、鬼頭の隣の席に座っている一心が詰め寄る。
「えー教えてくれよ、鬼頭さん」
「いいじゃないですか。ずっと知りたかったんですよ、オレも」
二人が同時に鬼頭のほうに顔を向けると、静はコツンと二人を叩く。
「一心、知りたかったらお嬢かゆきちゃんに訊きなさい。それと虎徹は運転中。ちゃんと前を見ろ」
「へいへい」
虎徹が適当に返事をし、一心のほうはそれもそうだと叩かれたことを気にもしていなかった。
それから数分かけて屋敷へと到着。
白髪交じりの紳士が、車から降りてきた一心たちを迎える。
「お待ちしておりました。お嬢様たちはトレーニングルームのほうにいますので、これからご案内いたします」
そう声をかけてきた老紳士に、鬼頭と虎徹、静は笑みを浮かべて丁寧に礼を返した。
どうやら三人はこの老紳士と面識がありそうだ。
かしこまった燕尾服を着ているところを見るに、どうやら彼はこの屋敷の執事だと思われる。
一心は物珍しいのか、その老紳士のことをボーと見ていた。
そんな彼に気が付いた老紳士は、背筋を伸ばすとその白髪交じりの頭をゆっくりと下ろす。
「初めまして、一心様。私は
「えーと川上さん? でいいのかな? それともなんか呼び名があればそっちで呼ぶけど」
「お嬢さまたちには源じいと。それと皆さまから源さんと呼ばれています。どうぞお好きなほうでお呼びください。一心様が呼びやすいのならば川上でも構いません」
「じゃあ源じいで。でもスゲーな、源じいさんって。おじいちゃんなのにムキムキじゃん」
一心が源の身体をベタベタと触り出すと、鬼頭は彼の首根っこを掴んで引き離した。
それから一心に頭を下げるように言い、鬼頭も一緒に失礼したことに謝罪する。
源はニコッと微笑むと頭を下げ返し、「では、参りましょう」と言うと屋敷の奥へと歩き出していった。
「おい、一心。今のは失礼だったぞ。次から初対面の相手にはあんな真似はするな。源さんだったから問題にならなかったが、人によっては訴えられるぞ」
「わかったよ、鬼頭さん。次から気をつける。でもスゲーよな。鬼頭さんにも負けてないよ。源じいさん」
鬼頭に注意されながら、先を歩き出した源の後を追う一心は、大きな老紳士の背中を見てまだ驚いていた。
彼の中では老人というと、背中の曲がった枯れ木のような身体をしているイメージだったのだろう。
源は顔の皺こそ多いが、着ている燕尾服が分厚い胸板や山のような大きな背中でパンパンに張りつめているまるでプロレスラーのような体をしていたのもあって、一心はつい触りたくなってしまったのだ。
「一心って、たしかもみじ嬢くらいだっけ?」
「戸籍登録によればお嬢と同じはず。十六、十七歳かってところじゃない」
「それにしては幼いよな、あいつ。今どき小学生でもあんな好奇心を見せないぞ。沖縄じゃ海くらいではしゃいでたし」
「育った環境のせいじゃないのか? ずっと家から出してもらえなかったから、初めて見るものが多いんだよ。幼く見えてもしょうがない」
鬼頭と一心の後ろにいた虎徹と静は、まるで子供のようだと一心のことを話していると、先を歩いていた源が足を止める。
そして老紳士は振り返って、皆に向かって頭を下げた。
「この部屋にもみじお嬢さまとゆきお嬢さまがおります。私はここで失礼させてもらいますが、また何かあればお呼びください」
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