36

突然の大声にもみじたちは、彼女の目の前にあるノートパソコンの画面を覗き込んだ。


その画面に映っていたのは、イタリアンマフィア――カモッラの男ニッコロ·ロッシ。


相変わらずのスーツ姿で、驚いているディヴィジョンズのメンバーたちを見て嬉しそうに笑っていた。


《よう日本のジャポーネディヴィジョンズ。オレのことがわかるか?》


どうやらゆきのノートパソコンに、どこからかネット回線で入り込んできたようだ。


どこかの図書館にでもいるのだろうか、その背景にはまるで壁のような本棚があり、ギッシリと本で埋まっている。


ニッコロはヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながら言葉を続ける。


《わかるよな? 調べてねぇはずがねぇよな? なにか言ってくれよ。たとえばどうやってあの場から逃げたのかとかよ~》


もみじはゆきを押しのけてノートパソコンの画面に顔を近づけると、静かな低い声で訊ねる。


「あんた、今どこにいるの? 一緒にいた悪魔もそこにいるの?」


《あん? ああ、ホロもいるぜ。だけど、お前らのせいでホロはちょっとお疲れでな。長い休暇ヴァカンツァを取ってる》


ニッコロはそう言うと、浮かべていた笑みが歪み、凄まじく強張った表情へと変わっていった。


次第に頭から角が生え、全身から魔力が溢れ出している。


強張った状態で再び口角を上げ、ニッコロはもみじへと言う。


友人アミーコの埋め合わせはお前らでさせてもらう。特にお前だ、姫野もみじ。オレは女には優しいつもりでガキは趣味じゃねぇんだがよぉ。一回やるごとに骨を一本ずつ折って全身の骨を折るまで犯し続けてから地獄に落としてやる》


「そう。あんた、品性と一緒に人間も捨てたんだね。いや、もとから下品か」


《言ってろ、処女ヴェルジニタ。お前を売春婦プッターナにして地獄の悪魔の相手をさせてやる。心配すんな、幸いこっちには本場の伝手がある。ホロがいりゃいくらでも客を連れてきてくれるだろうからよ~。きっとお前みてぇな気取った女は、たとえガキでも大人気になるぜ~》


汚い言葉を吐きながら、もみじを挑発するような言葉を口にし続けているが、ニッコロは本気で今言ったことをやりそうな凄味があった。


虎徹こてつしずかも、そしてゆきも、彼の言葉を半分も理解していなかったが(三人ともイタリア語はわかるが、ニッコロが早口過ぎた)。


ニッコロが悪魔になったことと、もみじに対してかなり怒っていることは伝わっていた。


だが、それでももみじは動じない。


強張った顔で笑うニッコロを見据えながら、普段と変わらぬ態度で言い返す。


「やっぱりマフィアにはコンプライアンスがないみたいね。現代は言葉に気をつけなきゃいけないけど、せいぜい好きなだけセクハラ発言を言ってなさい。あんたが悪魔になろうがなんだろうが、私に勝てるはずないんだから」


《へッ、口の減らねぇガキだ。待ってろよ、近いうちに必ずお前のとこに行くからな。ついでにお前の仲間、ディヴィジョンズも全員皆殺しだ》


ニッコロがそう言うと、ノートパソコンの画面から彼の姿が消えた。


虎徹と静は互いに顔を合わせると、もみじに声をかけようとしたが、ゆきが声を荒げて先に口を開く。


「大変ですよこれは! お姉さまが! お姉さまの貞操が狙われてるぅぅぅッ! しかもあんな下品な男にぃぃぃッ!」


ゆきは両手で頭を抱えて椅子から立ち上がると、じっとしてられないのか、部屋中をバタバタと走り出していた。


余程ショックだったのか、部屋にあったデスクや椅子、ソファにぶつかりながら口と両目を大きく開いて大混乱。


ワーワーギャーギャーと喚きながらそこら中に物を錯乱させていた。


そんな彼女のことを虎徹と静が止めようとすると、もみじはスッと部屋から出て行った。


「おい、お嬢。どこへ行くんだよ?」


「ともかく一度鬼頭おにがしらさんにこのことを伝えないと」


虎徹と静は喚ているゆきの身体を押さえながら、出て行こうとしているもみじに声をかけた。


すると、もみじは肩を揺らしながら二人に答える。


「名誉挽回、汚名返上……。向こうから来てくれるんなら手間が省けた。鬼頭さんには私から伝えるから、虎徹さんと静さんはゆきのことをお願い」


どこか嬉しそうだったもみじは、ゆきのことを二人に託すと部屋を後にした。


那覇駐屯地の廊下を進み、彼女が向かったのは会議中の鬼頭のところではなく、医療室だった。


もみじはノックをしてからドアを開けて中へと入ると、室内には誰もいなかった。


白で統一された清潔な部屋に見えるのは、どこにでもあるような医療室だ。


薬棚からテーブルに椅子、数台のベット。


そして、そのベットの一つにはもみじと同じく絶縁者アイソレーターになった少年――楠木くすのき一心いっしんが眠っている。


「一心……。ニッコロ·ロッシが……。奴のほうからこっちに来てくれるって……」


もみじは眠っている一心に呟くように声をかけた。


彼女は呟きながら、自分の短い髪に右手を当て顔を歪める。


「今度こそ逃がさない……。あんたにも手伝ってもらうよ」


自分が狙われているというのに――。


もみじは顔を歪めながらも、嬉しそうにそう言った。

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