36
突然の大声にもみじたちは、彼女の目の前にあるノートパソコンの画面を覗き込んだ。
その画面に映っていたのは、イタリアンマフィア――カモッラの男ニッコロ·ロッシ。
相変わらずのスーツ姿で、驚いているディヴィジョンズのメンバーたちを見て嬉しそうに笑っていた。
《よう
どうやらゆきのノートパソコンに、どこからかネット回線で入り込んできたようだ。
どこかの図書館にでもいるのだろうか、その背景にはまるで壁のような本棚があり、ギッシリと本で埋まっている。
ニッコロはヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながら言葉を続ける。
《わかるよな? 調べてねぇはずがねぇよな? なにか言ってくれよ。たとえばどうやってあの場から逃げたのかとかよ~》
もみじはゆきを押しのけてノートパソコンの画面に顔を近づけると、静かな低い声で訊ねる。
「あんた、今どこにいるの? 一緒にいた悪魔もそこにいるの?」
《あん? ああ、ホロもいるぜ。だけど、お前らのせいでホロはちょっとお疲れでな。長い
ニッコロはそう言うと、浮かべていた笑みが歪み、凄まじく強張った表情へと変わっていった。
次第に頭から角が生え、全身から魔力が溢れ出している。
強張った状態で再び口角を上げ、ニッコロはもみじへと言う。
《
「そう。あんた、品性と一緒に人間も捨てたんだね。いや、もとから下品か」
《言ってろ、
汚い言葉を吐きながら、もみじを挑発するような言葉を口にし続けているが、ニッコロは本気で今言ったことをやりそうな凄味があった。
ニッコロが悪魔になったことと、もみじに対してかなり怒っていることは伝わっていた。
だが、それでももみじは動じない。
強張った顔で笑うニッコロを見据えながら、普段と変わらぬ態度で言い返す。
「やっぱりマフィアにはコンプライアンスがないみたいね。現代は言葉に気をつけなきゃいけないけど、せいぜい好きなだけセクハラ発言を言ってなさい。あんたが悪魔になろうがなんだろうが、私に勝てるはずないんだから」
《へッ、口の減らねぇガキだ。待ってろよ、近いうちに必ずお前のとこに行くからな。ついでにお前の仲間、ディヴィジョンズも全員皆殺しだ》
ニッコロがそう言うと、ノートパソコンの画面から彼の姿が消えた。
虎徹と静は互いに顔を合わせると、もみじに声をかけようとしたが、ゆきが声を荒げて先に口を開く。
「大変ですよこれは! お姉さまが! お姉さまの貞操が狙われてるぅぅぅッ! しかもあんな下品な男にぃぃぃッ!」
ゆきは両手で頭を抱えて椅子から立ち上がると、じっとしてられないのか、部屋中をバタバタと走り出していた。
余程ショックだったのか、部屋にあったデスクや椅子、ソファにぶつかりながら口と両目を大きく開いて大混乱。
ワーワーギャーギャーと喚きながらそこら中に物を錯乱させていた。
そんな彼女のことを虎徹と静が止めようとすると、もみじはスッと部屋から出て行った。
「おい、お嬢。どこへ行くんだよ?」
「ともかく一度
虎徹と静は喚ているゆきの身体を押さえながら、出て行こうとしているもみじに声をかけた。
すると、もみじは肩を揺らしながら二人に答える。
「名誉挽回、汚名返上……。向こうから来てくれるんなら手間が省けた。鬼頭さんには私から伝えるから、虎徹さんと静さんはゆきのことをお願い」
どこか嬉しそうだったもみじは、ゆきのことを二人に託すと部屋を後にした。
那覇駐屯地の廊下を進み、彼女が向かったのは会議中の鬼頭のところではなく、医療室だった。
もみじはノックをしてからドアを開けて中へと入ると、室内には誰もいなかった。
白で統一された清潔な部屋に見えるのは、どこにでもあるような医療室だ。
薬棚からテーブルに椅子、数台のベット。
そして、そのベットの一つにはもみじと同じく
「一心……。ニッコロ·ロッシが……。奴のほうからこっちに来てくれるって……」
もみじは眠っている一心に呟くように声をかけた。
彼女は呟きながら、自分の短い髪に右手を当て顔を歪める。
「今度こそ逃がさない……。あんたにも手伝ってもらうよ」
自分が狙われているというのに――。
もみじは顔を歪めながらも、嬉しそうにそう言った。
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