35

――建物内から姿を消したホロとニッコロ·ロッシ。


逃げられるはずがない状況から一体どうやって彼らが逃亡できたのか。


現場から那覇駐屯地へと戻ったディヴィジョンズの面々は、その理由を話しながら誰もが肩を落としていた。


奪われた魔導具の奪還作戦は失敗に終わり、捕らえたはずの過越の祭パスオーヴァーの悪魔にも逃げられてしまった。


良かったことといえば、メンバー全員が無事に帰還し、一般市民に被害が出なかったことくらいだが、とても喜んでなどいられない。


ちなみに一心いっしんは医療室へと運ばれ、未だに眠っている。


ゆきはもみじの治癒の魔法のおかげで戦闘での傷が治ったのもあって、元気にいきり立っていた。


奪われた魔導具の解析を確認するために、彼女は自前のノートパソコンを操作しているが、あまり集中できていない様子だ。


ゆきからすれば、一心に対していつまで寝てるんだといった感じだろう。


実際に彼の寝顔は穏やかで、のん気なものだと誰が見ても思う状態だった。


しかし、そこは最年少で対魔組織に入隊できただけあって、ゆきはきっちり仕事をこなす。


「魔導具の解析が完了しました」


ゆきはこれまで調べ上げた魔法に関する文献を、持っているコンピューターすべてにデータとして保存している。


これまでもゆきの解析によって用途が判明した魔導具は多く、もし彼女がディヴィジョンズにいなかったら過越の祭パスオーヴァーとの戦いで後手――かなり遅れを取っていただろう。


皆が彼女に視線を向けると、ゆきはノートパソコンを操作しながら言葉を続ける。


「どうやらあれは、術者の精神を他者の肉体に入れ替えるものに近いようです」


「精神を肉体に入れ替えるものか……」


鬼頭おにがしらがそう口にすると、ゆきは話に補足を付けた。


奪われた魔導具は水晶の外観をした容器で、おそらくは術者が肉体を入れ替えたい相手に中身を飲ますことで完了する魔法だと。


「解析結果ではそのような事例があるそうですね。正解、とは思いませんが、さっきに言ったように似たような効果を持っている可能性が高いです」


「使用意図は、老いた肉体を捨てて若々しい身体になるというものだな。まるで疑似的な不老不死だな」


「文献によれば、実際にこの魔導具を使って何百年も生きた魔女がいたそうですよ」


ゆきの返事を聞いて、鬼頭は違和感を覚えた。


悪魔の寿命は、長いもので千、万年を生きる者の存在が知られている。


そんな長寿である悪魔が、何故そんな魔導具など欲しがったのか。


人間と入れ替わるため?


いや、悪魔は魔法でいつでも人に化けることができるし、何よりも肉体の強度も魔力も低い人間と入れ替わるメリットなどない。


鬼頭は、似たような効果ということはやはり肉体の入れ替えのためではないのだろうと思いながら、それに近いものといわれても何も思いつかなかった。


「何百年も生きた魔女なんて本当にいるんだなぁ。まあ、こんな仕事してなかったら信じなかっただろうけど」


「あんたの家は教えてなかったのか? “そういう存在”のこと?」


「いや、そりゃまあ聞かされてはいたけどさぁ。信じないだろ? フツーに考えて」


「いやむしろなんで家族の話を信じないんだ?」


虎徹こてつしずかが話を脱線して私語を口にしていた。


二人とも神職の家系ということもあり、幼い頃から悪魔の存在――現実ではあり得ないオカルトな話を聞かされていたようだ。


しかしどうやら差があったようで、虎徹は早いうちから祖父母と両親の話を聞き流していたらしく、一方で静香のほうは疑ったことがなかった。


その会話を聞いていたもみじは、二人の性格がよくわかる話だとコクコクと頷き、ひとりで納得していた。


距離の近さを感じさせる二人を見て、彼女は改めて思う。


今回の作戦はすべて自分の責任だ。


あのとき、いくら残っていたマテリアル·バーサーカーが多かったとはいえ、鬼頭たちでも十分に倒せる数だった。


それを敵を捕らえたことで安心し、逃げる策などないと決めつけて加勢に向かってしまった。


そもそも魔導具を取り返せなかった時点で失敗だ。


一心の態度――悪魔を友人だと言い、仲間にしようとしたことに頭に血が上り、敵の時間稼ぎを許してしまった。


後悔先に立たず――悔やんでも悔やみきれない。


「もみじ。今回の失敗、自分だけのせいにするなよ」


もみじの表情に後悔の念が出ていたのか、鬼頭が突然彼女に声をかけた。


急に声をかけられたせいもあって、もみじはビクッと身を震わせて両目を大きく開いてしまっている。


「むしろ責任は部隊長である俺にある。そんなことよりも、お前たちは先に体を休めておけ」


「鬼頭さんはどこへ?」


「俺にはまだ仕事が残っているからな。今後のことは決まり次第連絡を入れる」


鬼頭はそう言うと部屋を出ていった。


これから彼は戦友であるディヴィジョンズのアメリカ支部の現場指揮官フランク·アーヴィングと、那覇駐屯地の第15旅団長の井川いがわ友一ゆういちの前で、各国にいる部隊長たちに作戦失敗を報告しなければならない。


はっきりとは言わなかったが、もみじには鬼頭が報告に行くことはわかっていた。


きっと今回のことは上司の責任問題になるに違いないと思うと、彼女は胸が痛む。


「気にするな。鬼頭さんの言う通り、お嬢だけのせいじゃない」


「そうそうオレたちがもっと早く敵を片付けてたら、魔導具だって取り返せたかもしれないしな。もみじ嬢だけのせいじゃないさ」


「静さん、虎徹さん……」


落ち込んでいるもみじに声をかけた静と虎徹。


先輩二人に励ましてもらったことで、もみじの顔にも笑みが戻っていた。


ゆきがそんな姉を見て安堵のため息をついていると、彼女のノートパソコンからけたたましい警告音が鳴り響く。


うるさいなと画面に目をやったゆきは、その警告音の理由を知ってもみじたちに声をかけた。


「ちょ、ちょっと皆さん! ちょっとこれを見てください!」

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